万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その612)―高砂市曽根 曽根天満宮―万葉集 巻六 九四三

●歌は、「玉藻刈る唐荷の島に島廻する鵜にしもあれや家思はずあらむ」である。

 

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高砂市曽根 曽根天満宮万葉歌碑(山部赤人)<写真左端>

●歌碑は、高砂市曽根 曽根天満宮にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六

               (山部赤人 巻六 九四三)

 

≪書き下し≫玉藻(たまも)刈る唐荷(からに)の島に島廻(しまみ)する鵜(う)にしもあれや家(いへ)思はずあらむ

 

(訳)この私は、玉藻を刈る唐荷の島で餌を求めて磯をめぐっている鵜ででもあるというのか、鵜ではないのだから、どうして家のことを思わずにいられよう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)しもあれ 分類連語:全く…もあるというのに。 ※なりたち:副助詞「しも」+ラ変動詞「あり」の已然形(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典

(注)や 係助詞《接続》種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く。〔反語〕…(だろう)か、いや、…ない。(学研)

 

 

九四二から九四五歌の題詞は、「過辛荷嶋時山部宿祢赤人作歌一首并短歌」<唐荷(からに)の島を過し時に、山部宿禰赤人が作る歌一首并せて短歌>である。

(注)唐荷の島:兵庫県西部、室津沖合の島

 

長歌(九四二)ならびに他の反歌二首(九四四、九四五歌)をみてみよう。

 

◆味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼ゝ 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥

                (山部赤人 巻六 九四二)

 

≪書き下し≫あぢさはふ 妹(いも)が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕もまかず 桜皮(かには)巻(ま)き 作れる船に 真楫(まかぢ)貫(ぬ)き 我(わ)が漕(こ)ぎ来(く)れば 淡路(あはぢ)の 野島(のしま)も過ぎ 印南都麻(いなみつま) 唐荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲(しらくも)も 千重(ちへ)になり来(き)ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々(さきざき) 隈(くま)も置かず 思ひぞ我(わ)が来(く)る 旅の日(け)長み

 

(訳)いとしいあの子と別れて、その手枕も交わしえず、桜皮(かにわ)を巻いて作った船の舷(ふなばた)に櫂(かい)を通してわれらが漕いで来ると、いつしか淡路の野島も通り過ぎ、印南都麻(いなみつま)をも経て唐荷の島へとやっと辿(たど)り着いたが、その唐荷の島の、島の間から、わが家の方を見やると、そちらに見える青々と重なる山のどのあたりがわが故郷なのかさえ定かでなく、その上、白雲までたなびいて幾重にも間を隔ててしまった。船の漕ぎめぐる浦々、行き隠れる島の崎々、そのどこを漕いでいる時もずっと、私は家のことばかりを思いながら船旅を続けている。旅の日数(ひかず)が重なるままに。(同上)

(注)あぢさはふ 分類枕詞:①「目」にかかる。語義・かかる理由未詳。②「夜昼知らず」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研) ※ここでは①

(注)しきたへの【敷き妙の・敷き栲の】分類枕詞:「しきたへ」が寝具であることから「床(とこ)」「枕(まくら)」「手枕(たまくら)」に、また、「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「黒髪」などにかかる。(学研)

(注)かには(桜皮):船で使う場合は、木材の接合部分に用い、防水の役目もしていた。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著)

(注)まかぢ【真楫】名詞:楫の美称。船の両舷(りようげん)に備わった楫の意とする説もある。「まかい」とも。(学研)

(注)印南都麻:加古川河口の島か。播磨風土記に記載がある。

(注)こぎたむ【漕ぎ回む・漕ぎ廻む】自動詞:(舟で)漕ぎめぐる。(学研)

 

◆嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船

               (山部赤人 巻六 九四四)

 

≪書き下し≫島隠(しまがく)り我(わ)が漕ぎ来(く)れば羨(とも)しかも大和へ上る ま熊野の船

 

(訳)島陰を伝いながらわれらが漕いで来ると、ああ、何とも羨(うらや)ましい。家郷大和の方へ上って行くよ、ま熊野(くまの)の船が。(同上)

(注)ともし【羨し】形容詞:慕わしい。心引かれる。(学研)

(注)ま【真】接頭語:〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕①完全・真実・正確・純粋などの意を表す。「ま盛り」「ま幸(さき)く」「まさやか」「ま白し」。②りっぱである、美しい、などの意を表す。「ま木」「ま玉」「ま弓」(学研)

(注)熊野の船:熊野製の船。熊野は良船の産地。

 

◆風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居

               (山部赤人 巻六 九四五)

 

≪書き下し≫風吹けば波か立たむとさもらひに都太(つだ)の細江(ほそえ)に浦隠(うらがく)り居(を)り

 

(訳)風が吹くので、波が高く立ちはせぬかと、様子を見て都太(つだ)の細江(ほそえ)の浦深く隠(こも)っている。(同上)

(注)さもらふ【候ふ・侍ふ】自動詞:ようすを見ながら機会をうかがう。見守る。(学研)

(注)都太(つだ)の細江(ほそえ):姫路市船場川河口の入江。

(注)うらがくる【浦隠る】自動詞:(船が風や波を避けて)入り江に隠れる。(学研)

 

 

住吉神社➡曽根天満宮

明石市住吉神社を後にして高砂市の曽根天満宮に向かう。駐車場に車を止め、本門から駐車場寄りの出入り口から境内に入る。「心池」の周りを取り囲んでたくさんの寄進者名を刻んだ石柱が並んでいる。通常、寄進額と名前が刻まれているが、ここは、歌と名前が刻まれている。社殿側の一角に万葉集の歌が刻まれていた。3~4本まとめて写真に撮った。

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曽根天満宮楼門



 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「曽根天満宮HP」