万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その669,670,671)―加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森―万葉集 巻十四 三三七八、巻十八 四一一四、巻八 一六三〇

―その669―

●歌は、「入間道の於保屋が原のいはゐつら引かばぬるぬる我にな絶えそ」である。

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稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑(作者未詳)


 

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆伊利麻治能 於保屋我波良能 伊波為都良 比可婆奴流ゝゝ 和尓奈多要曽祢

               (作者未詳 巻十四 三三七八)

 

≪書き下し≫入間道(いりまぢ)の於保屋(おほや)が原(はら)のいはゐつら引かばぬるぬる我(わ)にな絶(た)えそね

 

(訳)入間の地の於保屋(おおや)が原のいわい葛(づら)のように、引き寄せたならそのまま滑らかに寄り添って寝て、私との仲を絶やさないようにしておくれ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)於保屋が原:入間郡越生町大谷あたりか。

(注)上三句は序。「引かばぬるぬる」を起こす。

(注)ぬる 自動詞:ほどける。ゆるむ。抜け落ちる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 「寝る」を懸ける。

 

 「いはゐづら」は、現在のスベリヒユのことである。赤みをおびた茎は、地面をすべるように這い、枝分かれしてのびていく。

 万葉集には、もう一首「いはゐづら」が詠われている。こちらもみてみよう。

 

◆可美都氣努 可保夜我奴麻能 伊波為都良 比可波奴礼都追 安乎奈多要曽祢

               (作者未詳 巻十四 三四一六)

 

≪書き下し≫上つ毛野可保夜(かほや)が沼(ぬま)のいはゐつら引かばぬれつつ我(あ)をな絶えそね

 

(訳)上野の可保夜(かおや)が沼のいわい葛(づら)、そのいわい葛のように、引き寄せたならすなおに寄り添うて寝て、俺との仲を絶やさないでおくれ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「引かばぬる」を起こす。

 

地名を異にした類歌である。

             

 

―その670―

●歌は、「なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほい思ほゆるかも」である。

 

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稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母

                (大伴家持 巻十八 四一一四)

 

≪書き下し≫なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが笑(ゑ)まひのにほひ思ほゆるかも

 

(訳)なでしこの花を見るたびに、いとしい娘子の笑顔のあでやかさ、そのあでやかさが思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)娘子:都にいる妻大嬢を、憧れをこめて呼んだ語。

 

 四一一三(長歌)と四一一四、四一一五歌(反歌)の題詞は、「庭中花作歌一首 幷短歌」<庭中の花を見て作る歌一首 幷せて短歌>である。

 

 家持は、越中にあって、庭の花をみて「花妻」を想う歌を作っているのである。

 長歌には、「・・・夏の野の さ百合(ゆり)引き植(う)ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなづま)に さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢はむと 慰むる・・・」と、なでしこの花のように可憐な大嬢を想いおこす内容の歌となっている。

 

長歌ともう一首の反歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その357)」で紹介している。 ➡ こちら357

 

 

―その671―

●歌は、「高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも」である。

 

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稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆高圓之 野邊乃容花 面影尓 所見乍妹者 忘不勝裳

              (大伴家持 巻八 一六三〇)

 

≪書き下し≫高円(たかまと)の野辺(のへ)のかほ花(ばな)面影(おもかげ)に見えつつ妹(いも)は忘れかねつも

 

(訳)高円の野辺に咲きにおうかお花、この花のように面影がちらついて、あなたは、忘れようにも忘れられない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)かほ花:「かほばな」については、カキツバタオモダカムクゲアサガオヒルガオといった諸説がある。

 

この歌は、長歌(一六二九歌)の反歌である。題詞は、「大伴宿祢家持贈坂上大嬢歌一首并短歌」<大伴宿禰家持、坂上大嬢に贈る歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

 当時、大伴大嬢は四一六九歌の題詞、四一九八歌の左注にあるように「家婦」と呼ばれていた。「家婦」とは、「〘名〙 家の妻。また、自分の妻。家の中の仕事をする女の意でいう。」

コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版)である。

 

  この歌ならびに長歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その361)」で紹介している。

 ➡ こちら361

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版」

 

※20230208加古郡稲美町に訂正