万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その678,679,680)―加古川市稲美町 中央公園万葉の森―万葉集 巻四 五〇〇、巻十 一九五五、巻二 二二一

―その678―

●歌は、「神風の伊勢の浜萩折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に」である。

 

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稲美町 中央公園万葉の森万葉歌碑(碁壇越の妻)

●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「碁壇越徃伊勢國時留妻作歌一首」<碁壇越(ごのだにをち)、伊勢の国に行く時に、留(とどま)れる妻(め)の作る歌一首>である。

 

◆神風之 伊勢乃濱荻 折伏 客宿也将為 荒濱邊尓

                (碁壇越の妻 巻四 五〇〇)

 

≪書き下し≫神風(かむかぜ)の伊勢の浜荻(はまをぎ)折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺(はまへ)に

 

(訳)神風吹く伊勢の浜辺の萩を折り伏せて、あの人は旅寝をしておられることであろうか。あの波風荒い浜辺で。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)かむかぜの【神風の】分類枕詞:地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。 ※平安時代後期以降は「かみかぜや」が一般的。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はまをぎ【浜荻】名詞:①浜辺に生えている荻。②葦(あし)の別名。(学研)

 

「植物で見る万葉の世界」(國學院大學 萬葉の花の会 著)によると、水辺など湿地に群生しており、穂が銀白色で大きいのが「をぎ」であるという。山野のどこにでも生えていて、鼠色のような色で穂がすっきりしたのが「すすき」だとある。

 万葉集では、「すすき」を詠んだのが45首、「をぎ」は3首である。

 

「をぎ」を詠んだ他の二首もみてみよう。

 

◆葦邊在 荻之葉左夜藝 秋風之 吹来苗丹 鴈鳴渡  一云 秋風尓 鴈音所聞 今四来霜

                (作者未詳 巻十 二一三四)

 

≪書き下し≫葦辺(あしへ)にある荻(をぎ)の葉さやぎ秋風の吹き来(く)るなへに雁鳴き渡る  一には「秋風に雁が音聞こゆ今し来らしも」といふ

 

(訳)葦辺に生えている萩(おぎ)の葉がさやさやとそよぎ、秋の風が快く吹いてくる折しも、雁が大空を鳴き渡って行く。<秋風に乗って雁の鳴き声が聞こえて来る。今こそ狩りはやって来たらしい>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

◆伊毛奈呂我 都可布河泊豆乃 佐左良乎疑 安志等比登其等 加多理与良斯毛

               (作者未詳 巻十四 三四四六)

 

≪書き下し≫妹(いも)なろが付(つ)かふ川津(かはず)のささら荻(をぎ)葦(あし)と人言(ひとごと)語(かた)りよらしも

 

(訳)あの子がいつも居ついている川の渡し場に茂る、気持ちの良いささら萩、そんなすばらしいささら萩(共寝の床)なのに、世間の連中は、それは葦・・・悪い草だと調子にのって話し合っているんだよな。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)なろ:親愛の接尾語

(注)ささら【細ら】接頭語:〔名詞に付いて〕細かい。小さい。「さざら」とも。「ささら形(がた)」「ささら波」(学研)

(注)葦は「悪し」を懸ける。

(注)ひとごと【人言】名詞:他人の言う言葉。世間のうわさ。(学研)

(注)「語り宣し」で、調子よく噂しているの意か。

 

 

 

―その679―

●歌は、「ほととぎすいとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ」である。

 

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稲美町 中央公園万葉の森万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰将為日 従此鳴度礼

               (作者未詳 巻十 一九五五)

 

≪書き下し≫ほととぎすいとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ

 

(訳)時鳥よ、いつ飛んできて鳴いてくれても嫌だということはない。けれども、同じことなら、菖蒲(あやめ)の縵(かずら)をする日には、きっとここを鳴いて渡っておくれ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)いとふ【厭ふ】他動詞①いやがる。②〔多く「世をいとふ」の形で〕この世を避ける。出家する。③いたわる。かばう。大事にする。(学研) ここでは①の意

 

「あやめぐさ」は現在の菖蒲(しょうぶ)である。

 

 

 

―その680―

●歌は、「妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや」である。

 

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稲美町 中央公園万葉の森万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆妻毛有者 採而多宜麻之 作美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也

             (柿本人麻呂 巻二 二二一)

 

≪書き下し≫妻もあらば摘みて食(た)げまし沙弥(さみ)の山野(の)の上(うへ)のうはぎ過ぎにけらずや

 

(訳)せめて妻でもここにいたら、一緒に摘んで食べることもできたろうに、狭岑のやまの野辺一帯の嫁菜(よめな)はもう盛りが過ぎてしまっているではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

「うはぎ」は、古名はオハギ(『出雲風土記(いずもふどき)』)あるいはウハギで、『万葉集』にはウハギの名で二首が収録されている。

 

春の摘み草の対象とされ、「春日野(かすがの)に煙(けぶり)立つ見ゆ娘子(おとめ)らし春野のうはぎ摘(つ)みて煮らしも」(巻十 一八七九)と詠まれているように、よく食べられていたとみられる。(コトバンク 日本大百科全書<文化史>)

 

この歌は、題詞、「讃岐狭岑嶋視石中死人柿本朝臣人麿作歌一首并短歌」<讃岐(さぬき)の狭岑(さみねの)島にして、石中(せきちゅう)の死人(しにん)を見て、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并(あは)せて短歌>の長歌(二二〇歌)と反歌二首(二二一、二二二歌)のうちの一首である。

長歌(二二〇歌)ならびにもう一首の反歌(二二二歌)については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その320)で紹介している。

 ➡ こちら320

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 日本大百科全書<文化史>」