万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その727,728,729)―和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園―万葉集 巻十二 三〇七二、巻六 九二五、巻二十 四四七六

―その727―

●歌は、「大崎の荒磯の渡り延ふ葛のゆくへもなくや恋ひわたりなむ」である。

 

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紀伊風土記の丘万葉植物園万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園(31)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆大埼之 有礒乃渡 延久受乃 徃方無哉 戀度南

               (作者未詳 巻十二 三〇七二)

 

≪書き下し≫大崎(おほさき)の荒礒(ありそ)の渡り延(は)ふ葛(くず)のゆくへもなくや恋ひわたりなむ

 

(訳)大崎の荒磯の渡し場、その岩にまといつく葛があてどもなく延びるように、これからどうなるのか見通しもないまま恋い焦がれつづけることになるのか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)大崎:和歌山市加太の岬。

(注)上三句は序。「ゆくへもなく」を起こす。

 

「葛の裏風」という言葉があるように、葛の葉は風などですぐに裏返り、白っぽい裏葉をみせる。ここから、心、うらめし、恨みなどにかかる枕詞、「くずのはの」が生まれたのである。

 

 

―その728―

歌は、「ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く」である。

 

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紀伊風土記の丘万葉植物園万葉歌碑(山部赤人

歌碑(プレート)は、和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園(32)にある。

 

歌をみていこう。

 

題詞「山部宿祢赤人作歌二首幷短歌」のなかの前群の反歌二首のうちの一首である。前群は吉野の宮を讃える長歌反歌二首であり、後群は天皇を讃える長歌反歌一首という構成をなしている。歌群全般については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その125改)でふれている。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

◆烏玉之 夜乃深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴

               (山部赤人 巻六 九二五)

 

≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)の更けゆけば久木(ひさぎ)生(お)ふる清き川原(かはら)に千鳥(ちどり)しば鳴く

 

(訳)ぬばたまの夜が更けていくにつれて、久木の生い茂る清らかなこの川原で、千鳥がちち、ちちと鳴き立てている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ぬばたま:黒い玉の意で、ヒオウギの花が結実した黒い実をいう。ヒオウギはアヤメ科の多年草で、アヤメのように、刀形の葉が根元から扇状に広がっている。この姿が、昔の檜扇に似ているのでこの名がつけられたという。

(注)ひさぎ:植物の名。キササゲ、またはアカメガシワというが未詳。(コトバンク デジタル大辞泉

 

万葉集では、植物としてのヒオウギを詠んだ歌は無く、その実が黒いことから、黒、夜、闇、夕、髪などにかかる枕詞「ぬばたまの」として六十二首に詠われている。

 

「烏玉」と書いて「ぬばたま」と読んでいるが、高句麗百済新羅三国時代には、「黒」や「烏」は「カラ」と読んでいたという。韓国語では、黒い(形容詞)は「コムタ」、艶のある黒は「カマッタ」という。

黒色を「こくしょく」と読むのはこの流れであろうか。烏は黒い鳥というのは納得できる。

韓国語で、悪いは、「ナプダ」である。白黒と言う場合善悪という概念がある。

「ナプ(ダ)タマ」が「ヌバタマ」も考えられるが、時代の流れや万葉時代の言語は調べようがないが、「ぬばたま」にはひっかかる。

「烏梅」と書いて、「うめ」と読むが、梅は中国から来たものであるが、「メイ」に「ウ」がついたのは、発声からか。

 

 

 

―その729―

歌は、「奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ」である。

 

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紀伊風土記の丘万葉植物園万葉歌碑(小原真人今城)

歌碑(プレート)は、和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園(33)にある。

 

歌をみていこう。

 

◆於久夜麻能 之伎美我波奈能 奈能其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無

               (大原真人今城 巻二十 四四七六)

 

≪書き下し≫奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ 

 

(訳)奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう、私は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきみ【樒】名詞:木の名。全体に香気があり、葉のついた枝を仏前に供える。また、葉や樹皮から抹香(まつこう)を作る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 シキミの語源は「悪しき実」で、文字通り実に毒がある。秋になる実は、料理で使う「八角」に似ているため中毒を起こし時には死亡することもあるという。

 

 題詞は、「廿三日集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌二首」<二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじょう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひて飲宴(うたげ)する歌二首>である。

 

 左注は、「右二首兵部大丞大原真人今城」<右の二首は兵部大丞(ひゃうぶのだいじょう)大原真人今城(おほはらのまひといまき)>である。

 

 もう一首の歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その293)」で紹介している。

 ➡ こちら293

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉集の発見」 朴 炳植 著 (学習研究社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉