万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その730,731)―和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園―万葉集 巻十 二一八三、巻十 二二九六

―その730―

●歌は、「雁がねは今は来鳴きぬ我が待ちし黄葉早継げ待たば苦しも」である。

 

f:id:tom101010:20200910162937j:plain

紀伊風土記の丘万葉植物園万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園(34)にある。

「紅葉の森」をテーマとした説明プレートに歌が掲載されている。

 

●歌をみていこう。

 

◆鴈音者 今者来鳴沼 吾待之 黄葉早継 待者辛苦母

              (作者未詳 巻十 二一八三)

 

≪書き下し≫雁(かり)がねは今は来鳴きぬ我(あ)が待ちし黄葉(もみち)早継(はやつ)げ待たば苦しも

 

(訳)雁は今はもうやって来て鳴いている。私がずっと心待ちにしていたもみじよ、早く雁に続け。これ以上待つのは苦しくてならぬ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 

―その731―

●歌は、「あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ」である。

 

●歌碑(プレート)は、和歌山市岩橋 紀伊風土記の丘万葉植物園(35)にある。

f:id:tom101010:20200910163331j:plain

紀伊風土記の丘万葉植物園万葉歌碑(作者未詳)

●歌をみていこう。

 

◆足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居

               (作者未詳 巻十 二二九六)

 

≪書き下し≫あしひきの山さな葛(かづら)もみつまで妹(いも)に逢はずや我(わ)が恋ひ居(を)らむ

 

(訳)この山のさな葛(かづら)の葉が色づくようになるまで、いとしいあの子に逢えないままに、私はずっと恋い焦がれていなければならないのであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)やまさなかずら【山さな葛】:山にある野生のサネカズラ。(goo辞書)

(注)さなかづら【真葛】分類枕詞:①つるが長くのびることから「遠長し」にかかる。②つるが長くのびて末でからみ合うところから「後(のち)も逢(あ)ふ」にかかる。

 

 

 「さなかづら」は晩夏から秋にかけて成長する茎が蔓状に伸びて縄のように絡み合うので、この歌のように、「逢う」に掛かる歌が多い。また、「さなかずら」の皮を剥いでぬるま湯に浸し、出て来る粘液を男性用の整髪料として使ったことから「美男葛(びなんかずら)」とも呼ばれていたようである。

 

 万葉集には、「さなかづら」を詠んだ歌が十首収録されている。これらをみてみよう。なお、長歌は、部分抜粋した。

                           

◆玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之自 <或本歌日 玉匣 三室戸山乃>

               (藤原卿 巻二 九四)

 

≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)みもろの山のさな葛(かづら)さ寝(ね)ずはつひに有りかつましじ <或本の歌には「玉くしげ三室戸山の」といふ>

 

(訳)あんたはそんなにおっしゃるけれど、玉櫛の蓋(ふた)ならぬ実(み)という、もろの山のさな葛(かづら)、そのさ寝ずは―共寝をしないでなんかいて―よろしいのですか、そんなことをしたらとても生きてはいられないでしょう。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)①たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】名詞:櫛(くし)などの化粧道具を入れる美しい箱。 ※「たま」は接頭語。歌語。

(注)②たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(学研)

(注)上三句は序。「さ寝ずは」起こす。

(注)かつましじ 分類連語: …えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒なりたち可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)

 

 

◆(長歌)・・・真根久往者 人應知見 狭根葛 後毛将相等・・・

               (柿本人麻呂 巻二 二〇七)

 

≪書き下し≫・・・数多(まね)く行かば人知りぬべみ さな葛(かづら) 後(のち)も逢はむと・・・

 

(訳)・・・しげしげ行ったら人に知られてしまうので、今は控えてのちのちに逢おうと・・・

(注)この歌は、人麻呂の「泣血哀慟歌」である。「さな葛」は枕詞として使われている。

 

 

◆核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍

               (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四七九)

 

≪書き下し≫さね葛(かづら)後(のち)も逢はむと夢(いめ)のみにうけひわたりて年は経(へ)につつ

 

(訳)さね葛(かづら)が延びて行ってあとで絡まり合うように、のちにでも逢おうと、夢の中ばかりで祈りつづけているうちに、年はやたらに過ぎてゆく。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)うけふ【誓ふ・祈ふ】自動詞:①神意をうかがう。②神に祈る。③のろう。(学研)

 

 

◆木綿疊 田上山之 狭名葛 在去之毛 今不有十万

               (作者未詳 巻十二 三〇七〇)

 

≪書き下し≫木綿畳(ゆふたたみ)田上山(たなかみやま)のさな葛(かづら)ありさりてしも今にあらずとも

 

(訳)田上山のさね葛、その葛が延び続けるように、このままずっと生き長らえていつかはきっと逢いたい、いまでなくても。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆふたたみ【木綿畳】分類枕詞:「木綿畳」を神に手向けることから「たむけ」「たな」に、また、「た」の音を含む地名「田上(たなかみ)」にかかる。(学研)

(注)田上山:大津市南部、大戸川上流の山

(注)ありさる【在り去る・有り去る】自動詞:ずっとそのままの状態で過ごす。このまま時が過ぎる。 ※「あり」は継続して存在する意。「さる」は時間が経過する意。(学研)

 

 

丹波道之 大江乃山之 真玉葛 絶牟乃心 我不思

                (作者未詳 巻十二 三〇七一)

 

≪書き下し≫丹波道(たにはぢ)の大江(おほえ)の山のさな葛絶(た)えむの心我(わ)が思はなくに

 

(訳)丹波道の大江の山のさね葛、その葛が絶えず延び続けるように、二人の仲が絶えてしまうなどという心、そんな思いを私は一度だって抱いたこともないのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。下二句は譬喩。

(注)大江山 分類地名:歌枕(うたまくら)。⇒今の京都市西京区と亀岡(かめおか)市との境にある山。山城(=今の京都府南部)と丹波(=今の京都府中部と兵庫県北東部)を結ぶ交通の要地。「大枝山」とも書く。「おほえのやま」とも。(学研)

 

 

◆木綿褁 <一云 疊>白月山之 佐奈葛 後毛必 将相等曽念  <或本歌曰 将絶跡妹乎 吾念莫久尓>

               (作者未詳 巻十二 三〇七三)

 

≪書き下し≫木綿(ゆふ)包(づつ)み <一には「畳(たたみ)」といふ >白月山(しらつきやま)のさな葛(かづら)後(のい)もかならず逢はむとぞ思ふ <或本の歌には「絶えむと妹を我(わ)が思はなくに」といふ>

 

(訳)木綿包みがいというではないが、月山のさね葛の分かれて延びる葛がまたからまり合うように、のちにでもかならず逢おうと思っている。<さね葛が絶えず延び続けるように、あの子との仲が絶えようなどと私が思っているわけでもないのに>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆(長歌)・・・今更 公来座哉 左奈葛 後毛相得 名草武類 心乎持而・・・

                 (作者未詳 巻十三 三二八〇)

 

≪書き下し≫・・・今さらに 君来まさめや さな葛(かづら) 後も逢はむと 慰むる 心を持ちて ・・・

 

(訳)今さらあの方がいらっしゃるはずはあるまい。またいつかのちの日逢えることもあろうと無理やり心を慰めて・・・(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

◆(長歌)・・・今更 君来目八 左奈葛 後文将會常 大舟乃 思憑迹・・・

                 (作者未詳 巻十三 三二八一) 

 

≪書き下し≫・・・今さらに 君来まさめや さな葛(かづら) 後も逢はむと 大船の 思ひ頼めど・・・

 

 

◆(長歌)大船之 思憑而 木妨己 弥遠長 我念有・・・

                (作者未詳 巻十三 三二八八) 

 

≪書き下し≫大船の 思ひ頼みて さな葛(かづら)いや遠長く 我が思(おも)へる・・・

 

(訳)大船に乗ったように頼りに思いながら、長く延びるさな葛の蔓のように、仲がいよいよ遠く長く続いて欲しいと私が思っている・・・(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 足早であるが、紀伊風土記の丘万葉植物園の万葉歌碑めぐりをし、駐車場へ。資料館が開館していたが、これからの予定もあるので、さな葛ではないが、機会があればまた来たいとの思いを抱きながら次の目的地、和歌山市和歌浦中 玉津島神社へ向かったのである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「goo辞書」

★「和歌山県紀伊風土記の丘 HP」