―その746―
●歌は、「藤白の御坂を越ゆと白栲の我が衣手は濡れにけるかも」である。
●歌碑は、海南市藤白 有間皇子神社にある。有間皇子神社は、藤白神社の境内社である。
●歌をみていこう。
◆藤白之 三坂乎越跡 白栲之 我衣乎者 所沾香裳
(作者未詳 巻九 一六七五)
≪書き下し≫藤白(ふぢしろ)の御坂(みさか)を越ゆと白栲(しろたへ)の我(わ)が衣手(ころもで)は濡(ぬ)れにけるかも
(訳)藤白の神の御坂を越えるというので、私の着物の袖は、雫(しずく)にすっかり濡れてしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)藤白の神の御坂:海南市藤白にある坂。有間皇子の悲話を背景に置く歌。
一六六七から一六七九歌十三首の題詞は、「大寳元年辛丑冬十月太上天皇大行天皇幸紀伊國時歌十三首」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の冬の十月に、太上天皇(おほきすめらみこと)・大行天皇(さきのすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌十三首>である。(ここにいう太上天皇は持統天皇、大行天皇は文武天皇である。)。
この歌十三首については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その742)」で紹介している。 ➡
海南医療センターから藤白神社までは約5分のドライブである。藤白神社の駐車場に車を止める。古びた石の鳥居があり、その左手に「藤白皇大神社」の石碑が建てられている。これまでの街中の風景と異なり、凛とした気分に引き込まれる。「藤白皇大神社」の右に「三熊野一の鳥居」、左に「これより熊野路のはじめ」と書かれている。
鳥居をくぐり境内に。藤白神社の拝殿前を通り、境内社である有間皇子神社に向かう。奥まったところにこじんまりした有間皇子神社の社殿がある。社殿右手前に歌碑がある。
藤白神社は、斉明天皇が牟婁の湯(白浜湯崎温泉)に行幸の際に、神祠を創建されたといわれている。境内社である有間皇子神社は、十九歳という若さで藤白坂で処刑された、万葉の悲劇の主人公有間皇子を祀っている。境内には有間皇子を偲ぶ万葉歌碑と歌曲碑が建てられている。
―その747―
●歌は、「家なれば笱に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」である。
●歌をみていこう。
一四一ならびに一四二歌の題詞は、「有間皇子自傷結松枝歌二首」<有間皇子(ありまのみこ)、自みづか)ら傷(いた)みて松が枝(え)を結ぶ歌二首>である。
◆家有者 笱尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉盛
(有間皇子 巻二 一四二)
≪書き下し≫家なれば笱(け)に盛(も)る飯(いひ)を草枕旅(たび)にしあれば椎(しひ)の葉に盛る
(訳)家にいる時にはいつも立派な器物(うつわもの)に盛ってお供えをする飯(いい)なのに、その飯を、今旅の身である私は椎(しい)の葉に盛って神祭りをする。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
海南市HP「有間皇子の史跡」に、次のように書かれている。「藤白神社 (藤白地区)から熊野古道を南に向かった藤白坂の登り口に悲劇の皇子、有間皇子の墓碑と皇子が詠まれた歌碑がたっています。斉明天皇の時代、有間皇子は、皇位継承に からんで謀反をそそのかされ、藤白坂で絞殺されました。
この有間皇子の墓碑とならんで、万葉学者の佐々木信綱先生の筆による、万葉集に収められている有間皇子が詠んだ歌碑があります。ここは、地元では、椿の地蔵さんと親しまれている場所です。
『家にあれば けに盛る飯を草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る』(万葉集巻8)
藤白神社の境内には、有間皇子神社があり、毎年11月11日には、『有間皇子まつり』が催されています。 」
有間皇子を偲ぶ歌碑の裏手から、阪和自動車道の高架下を約200メートルほどいったところの小さな佇まいの広場に、墓碑と歌碑が建てられている。きれいに清掃されお花も供えられており地元の人に愛され続けていることがわかる。
機会をみて「岩代の結び松」も訪れてみたいものである。
後に右大臣まで出世した蘇我赤兄のわなによって、有間皇子は謀反の罪で捕えられ、紀の温泉(白浜)にいた中大兄皇子のもとに送られる。658年11月9日に中大兄皇子の尋問を受ける。それに対して有間皇子は「天と赤兄と知る吾(われ)全(もは)ら解(し)らず」とだけ答えた。再び護送されその途中藤白の坂で絞殺されたのである。11日のことである。
一四一、一四二歌は、白浜に着いたら殺されるだろうと思い、今の和歌山県日高郡南部町岩代(いわしろ)で詠んだ歌である。
この悲劇は、後のちまで伝えられ多くの共感を呼んだのである。
持統・文武朝の長忌寸意吉麻呂(一四三、一四四歌)、山上憶良(一四五歌)、柿本人麻呂(一四六歌)らが共感を歌に詠んでいる。 一四三から一四六歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その478)」で紹介している。 ➡
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫)