万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その767)―吉野郡大淀町下渕 鈴ヶ森行者堂―万葉集巻七 一一〇三

●歌は、「今しくは見めやと思ひしみ吉野の大川淀を今日見つるかも」である。

 

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吉野郡大淀町下渕 鈴ヶ森行者堂前万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、吉野郡大淀町下渕 鈴ヶ森行者堂前にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆今敷者 見目屋跡念之 三芳野之 大川余杼乎 今日見鶴鴨

               (作者未詳 巻七 一一〇三)

 

≪書き下し≫今しくは見めやと思ひしみ吉野(よしの)の大川淀(おほかわよど)を今日(けふ)見つるかも

 

(訳)当分は見られないと思っていたみ吉野の大川淀、その淀を、幸い今日はっきりとこの目に納めることができた。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)今しく:当分は。「今しく」は形容詞「今し」の名詞形。

(注)大川淀:吉野川六田の淀。

 

 

巻七 一一〇五歌は、吉野川の六田(むつた)の淀を詠った歌が収録されている。こちらもみてみよう。

 

◆音聞 目者末見 吉野川 六田之与杼乎 今日見鶴鴨

               (作者未詳 巻七 一一〇五)

 

≪書き下し≫音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田(むつた)の淀(よど)を今日見つるかも

 

(訳)噂に聞くだけで、この目で見たこともない、吉野川の六田の淀、その淀を今日やっと見ることができた。(同上)

(注)六田:吉野町六田・大淀町北六田あたり。近くに近鉄吉野線の「六田駅」があるが、今は「むだえき」とよんでいる。

 

六田の淀の清流の風情を詠んだもう一首の方もみてみよう。

 

◆河蝦鳴 六田乃河之 川楊乃 根毛居侶雖見 不飽河鴨

               (絹 巻九 一七二三)

 

≪書き下し≫かはづ鳴く六田(むつた)の川の川楊(かはやなぎ)のねもころ見れど飽(あ)かぬ川かも

 

(訳)河鹿の鳴く六田の川の川楊のではないが、んごろにいくら眺めても、見飽きることのない川です。この川は。(同上)

(注)川楊:川辺に自生する。挿し木をしてもすぐに根付くほどの旺盛な生命力を持っている。ネコヤナギとも言われる。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会) 

(注)ねもころ【懇】副詞:心をこめて。熱心に。「ねもごろ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌の題詞は、「絹歌一首」<絹が歌一首>である。

(注)絹:伝未詳。土地の遊行女婦か。

 

 南都銀行HPの「見どころ情報」の「石塚遺跡」のところに、行者堂に関する記述が次のように載っている。「大和川吉野川分水嶺・車坂峠の頂上に、近くの地層に含まれる握りこぶしから人の頭ほどの大きさの石を、直径約30mの範囲に積みあげた塚。年代は不明だが、近くから正和4年(1314)の銘文が刻まれた五輪塔の一部が見つかっており、約700年前にはこの地にあったと考えられている(五輪塔は現地に復元されている)。御所方面から大峯山上へとむかう山伏たちが、目前の大峯連山を眺めつつ、石を積んで修行をした行場とも伝える。塚の前にはかつての旧街道が通り、石造りの役行者像を祀る行者堂も建っており、役行者に旅の安全を祈願する場でもあった。」

「行者堂は現在、吉野川沿いの鈴ヶ森公園に移築」された。

 

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行者堂

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行者堂名板

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行者堂由来説明案内板

 泉徳寺から鈴ヶ森行者堂までは約10分のドライブである。予めストリートビューで確認していたガソリンスタンドを右折、すぐに行者堂が目に飛び込んでくる。そこは時間軸を超えた静寂と厳かさを感じさせる空間である。

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立派な歌碑解説案内碑

 歌碑は川側の左手にあり。その隣にも横長の石碑がある。歌碑の解説案内にしては立派な石碑である。そこには、「一一〇三歌と訳、揮毫者名、設置者名などがあり、さらに、大淀町の町名は、この万葉集の歌より選定されたといわれている」と記されている。

 

 行者堂の次は、近鉄吉野駅である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「見どころ情報」 (南都銀行HP)