●歌は、「吉野にある菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山陰にして」である。
●歌碑は、吉野町菜摘 菜摘十二社神社にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「湯原王芳野作歌一首」<湯原王(ゆはらのおほきみ)、吉野にして作る歌一首>である。
◆吉野尓有 夏實之河乃 川余杼尓 鴨曽鳴成 山影尓之弖
(巻三 三七五)
≪書き下し≫吉野なる菜摘(なつみ)の川の川淀に鴨(かも)ぞ鳴くなる山蔭(やまかげ)にして
(訳)ここ吉野の、菜摘(なつみ)の川の川淀で鴨の鳴く声がする。ちょうど山陰のあたりで。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)菜摘の川:吉野郡吉野町宮滝の東方、菜摘の地を流れる吉野川。
(注)湯原王(ゆはらのおほきみ):奈良前期の歌人。志貴皇子(しきのみこ)の子。天智天皇の孫。歌は万葉集に19首がのっている。生没年未詳。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)
湯原王の歌としては、旅先で通った娘子とのかなり長期にわたる恋物語的歌群が六三一歌から六四二歌まで収録されている。これをみてみよう。
題詞は、「湯原王贈娘子歌二首 志貴皇子之子也」<湯原王(ゆはらのおほきみ)、娘子(をとめ)に贈る歌二首 志貴皇子の子なり>である。
◆宇波弊無 物可聞人者 然許 遠家路乎 令還念者
(湯原王 巻四 六三一)
≪書き下し≫うはへなきものかも人はかくばかり遠き家道(いへぢ)を帰さく思へば
(訳)無愛想なんだな、あなたという人は。これほどに遠い家路なのに、その家路を空しく追い返されることを思うと。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)うはへなき:上っ面の愛想の意か。
(注)帰さく:「帰す」のク語法。 ※ク語法:活用語の語尾に「く(らく)」が付いて、全体が名詞化される語法。「言はく」「語らく」「老ゆらく」「悲しけく」「散らまく」など。→く(接尾) →らく(接尾)(コトバンク デジタル大辞泉)
◆目二破見而 手二破不所取 月内之 楓如 妹乎奈何責
(湯原王 巻四 六三二)
≪書き下し≫目には見て手には取らえぬ月の内(うち)の桂(かつら)のごとき妹をいかにせむ
(訳)目には見えても手には取らえられない月の内の桂の木のように、手を取って引き寄せることのできないあなた、ああどうしたらよかろう。(同上)
(注)月の内の桂:月に桂の巨木があるという中国の俗信。
題詞は、「娘子報贈歌二首」<娘子、報(こた)へ贈る歌二首>である。
◆幾許 思異目鴨 敷細之 枕片去 夢所見来之
(娘子 巻四 六三三)
≪書き下し≫そこらくに思ひけめかも敷栲(しきたへ)の枕(まくら)片(かた)さる夢(いめ)に見え来(こ)し
(訳)あなたはかつてあんな歌を下さったけれど、それほどに思って下さっていたのかしら。そういえば、あなたのお枕が傍らに寄っている夜離(よが)れの床の夢に、あなたのお姿が見えてきたっけ。少しは思って下さったんですね。(同上)
(注)そこらくに 副詞:あれほど。十分に。たくさんに。しっかりと。(学研)
(注)しきたへの【敷き妙の・敷き栲の】分類枕詞:「しきたへ」が寝具であることから「床(とこ)」「枕(まくら)」「手枕(たまくら)」に、また、「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「黒髪」などにかかる。(学研)
(注)かたさる【片去る】自動詞:片側に寄る。片方に避ける。(学研) 枕片さる:男の来ない夜、男の枕が床の傍らに寄っているさま。
◆家二四手 雖見不飽乎 草枕 客毛妻与 有之乏左
(娘子 巻四 六三四)
≪書き下し≫家にして見れど飽かぬを草枕旅にも妻(つま)とあるが羨(とも)しさ
(訳)私は家でお逢いしてもこれで充分ということはないのに、あなたは、家ばかりでなく、別れ別れになるはずの旅の先まで奥さんとご一緒とは、お羨ましいこと。
題詞は、「湯原王亦贈歌二首」<湯原王、また贈る歌二首>である。
◆草枕 客者嬬者 雖率有 匣内之 珠社所念
(湯原王 巻四 六三五)
≪書き下し≫草枕旅には妻は率(ゐ)たれども櫛笥(くしげ)の内の玉をこそ思へ
(訳)旅にまで妻を連れてきてはいますが、櫛笥(くしげ)に納めた玉のように、めったに心を許してくれないあなた、あなただけを私は思っているのですよ。(同上)
◆余衣 形見尓奉 布細之 枕不離 巻而左宿座
(湯原王 巻四 六三六)
≪書き下し≫我(あ)が衣(ころも)形見に奉(まつ)る敷栲(しきたへ)の枕を放(さ)けずまきてさ寝(ね)ませ
(訳)私の衣、この着物を私の身代わりにさしあげましょう。枕元から遠ざけたりせずに、せめてこれを身にまとって寝て下さい。
(注)「奉る」「ます」は共に敬語。湯原王が卑下して娘子にいとおしみを表している。
題詞は、「娘子復報贈歌一首」<娘子、また報(こた)へ贈る歌一首>である。
◆吾背子之 形見之衣 嬬問尓 余身者不離 事不問友
(娘子 巻四 六三七)
≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)が形見の衣(ころも)妻どひに我(あ)が身は離(さ)へじ言(こと)とはずとも
(訳)あなたの身代わりの着物、その着物は、妻どいに来られたあなただと思って、肌身離したりはいたしますまい。たとえ物言わぬ着物ではあっても。(同上)
題詞は、「湯原王亦贈歌一首」<湯原王、また贈る歌一首>である。
◆直一夜 隔之可良尓 荒玉乃 月歟経去跡 心遮
(湯原王 巻四 六三八)
≪書き下し≫ただ一夜(ひとよ)隔(へだ)てしからにあらたまの月か経(へ)ぬると心(こころ)惑(まと)ひぬ
(訳)たった一晩逢いに行けなかっただけなのに、一月(ひとつき)も経ってしまったのかと心は千々に乱れてしまった。(同上)
題詞は、「娘子復報贈歌一首」<娘子、また報へ贈る歌一首>である
◆吾背子我 如是戀礼許曽 夜干玉能 夢所見管 寐不所宿家礼
(娘子 巻四 六三九)
≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)がかく恋ふれこそぬばたまの夢(いめ)に見えつつ寐寝(いね)らえずけれ
(訳)あなたがこんなにも私をいとしく思って下さるものですから、夜の夢にお姿が現れて、私を寝つかせてくれなかったのですね。(同上)
題詞は、「湯原王亦贈歌一首」<湯原王、また贈る歌一首>である。
◆波之家也思 不遠里乎 雲居尓也 戀管将居 月毛不経國
(湯原王 巻四 六四〇)
≪書き下し≫はしけやし間(ま)近(ちか)き里を雲井(くもゐ)にや恋ひつつ居(を)らむ月も経(へ)なくに
(訳)ああ、たまらない。すぐそばの里にいるのに、それを雲のかなたにいる人のように、恋いつづけていなければならないのか。逢ってからまだ一月も経っていないというのに。(同上)
題詞は、「娘子復報贈和歌一首」<娘子、の復た報(こた)へ贈れる和(こた)ふたる謌一首
◆絶常云者 和備染責跡 焼太刀乃 隔付経事者 幸也吾君
(娘子 巻四 六四一)
≪書き下し≫絶ゆと言はばわびしみせむと焼太刀(やきたち)のへつかふことは幸(さき)くや我(あ)が君
(訳)二人の仲もこれでおしまいだと言ったら、私がしょげ返るだろうと、いつもやさしそうに私にくっついておられますが、それで何ともありませんか、あなた。(同上)
(注)わびしむ 【侘びしむ】他動詞:①寂しがらせる。せつなく思わせる。②困らせる。(学研)
(注)やきたちの【焼き太刀の】分類枕詞:①太刀を身につけるところから、近くに接する意の「辺(へ)付かふ」にかかる。②太刀が鋭い意から「利(と)」にかかる。(学研)
(注)へつかふ「辺(へ)付かふ」:近くに接する
◆吾妹兒尓 戀而乱者 久流部寸二 懸而縁与 余戀始
(湯原王 巻四 六四
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に恋ひて乱(みだ)ればくるべきに懸(か)けて搓(よ)らむと我(あ)が恋ひそめし
(訳)あの子に恋い漕がれて心が乱れたならば、乱れ心を糸車にかけて、うまいこと搓(よ)り直せばよいと、そう思って恋い初(そ)めただけのことさ・・・。(同上)
(注)「くるべき」:枠に糸を掛け,回転させて繰る道具のこと。(weblio国語辞典)
初めは、妻問いを拒絶されるも、ねんごろな関係になるが、破局を迎える。六四二歌で、湯原王が、負け惜しみの気持ちを吐露する形で締めくくられている。
万葉集において、かかる歌まで収録されていることには、あきれ返らされるとともに、驚き、お禁じえない。万葉集の万葉集たる所以の一端が見え隠れしているのである。
湯原王と娘子の歌に時間を割いてしまったが、この歌碑のある、菜摘十二社神社の「菜摘
について、「万葉神事語事典」(國學院大學デジタルミュージアム)に、詳しく書かれているので勉強のために引用させていただく。
「なつみ 夏実・夏身・夏箕 Natsumi 奈良県吉野郡吉野町の地名。『なつみ』は、本来『魚津廻』であり、魚を捕る曲流の地域のことを示した名称。この地名は、万葉集の中には、『落ち激つ夏身の川門』(9-1736)や『大滝を過ぎて夏身にそほり居て清き川瀬を見るがさやけさ』(9-1737)、『吉野なる夏実の川の川淀に鴨そ鳴くなる山影にして』(3-375)などと詠み込まれている。これらの作歌から、現在の吉野川が『菜摘川』と呼ばれていたことも理解されよう。さらに、『懐風藻』では、藤原不比等による『五言、吉野に遊ぶ』に『夏身夏色古り、秋津秋気新し』とある。吉野は、記紀の伝承以来異界の地とされ、大和の王権が聖地として作りあげた。夏身は吉野における王権儀礼の重要な場所であり、同時に、異民族の祭祀儀礼の場であった可能性もある。魚は、その祭祀に用いられる神への供物であったが、大和の王権の成立によって、天皇への献上物の魚をとる地となり、地名となったと考えられる。」
「菜摘」が「魚津廻」とは全く想像だにできなかった。地名一つとっても時間軸による変遷の歴史がさらに万葉集の深みに引きづり込んでいく。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio国語辞典」