万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その788)―兵庫県伊丹市 昆陽池公園―万葉集 巻三 二七九 

●歌は、「我妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ」である。

 

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兵庫県伊丹市 昆陽池公園万葉歌碑(高市黒人

●歌碑は、兵庫県伊丹市 昆陽池公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾妹兒二 猪名野者令見都 名次山 角松原 何時可将示

               (高市黒人 巻三 二七九)

 

≪書き下し≫吾妹子(わぎもこ)に猪名野(ゐなの)は見せつ名次山(なすきやま)角(つの)松原(まつばら)しいつか示さむ

 

(訳)いとしきこの人に猪名野(いなの)をみせることができた。名次山や角の松原をはいつこれがそれだと示すことができるのだろうか。早く連れて行ってやりたい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)いなの〔ゐなの〕【猪名野】:兵庫県伊丹市から尼崎市にかけての猪名川沿いの地域。古来、名勝の地で、笹の名所。[歌枕](weblio辞書 小学館デジタル大辞泉

(注)名次山:西宮市名次町の丘陵

(注)角の松原:西宮市松原町津門の海岸

 

 題詞は、「高市連黒人歌二首」<高市連黒人(たけちのむらじくろひと)が歌二首>である。もう一首もみてみよう。

 

◆去来兒等 倭部早 白菅乃 真野乃榛原 手折而将歸

               (高市黒人 巻三 二八〇)

 

≪書き下し≫いざ子ども大和(やまと)へ早く白菅(しらすげ)の真野(まの)の榛原(はりはら)手折(たお)りて行かむ

 

(訳)さあ皆の者よ、大和へ早く帰ろう。白菅の生い茂る真野の、この榛(あんのき)の林の小枝を手折って行こう。(同上)

(注)いざこども…:「さあ、諸君。」 ※「子ども」は従者や舟子、場に居合わせた者らをさす。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典+加筆)

(注)しらすげの【白菅の】分類枕詞:白菅(=草の名)の名所であることから地名「真野(まの)」にかかる。(学研)

次の歌の題詞は、「黒人妻答歌一首」<黒人が妻(め)の答ふる歌一首>である。この歌もみてみよう。

 

◆白菅乃 真野之榛原 徃左来左 君社見良目 真野乃榛原

                (黒人妻 巻三 二八一)

 

≪書き下し≫白菅の真野の榛原行(ゆ)くさ来(く)さ君こそ見らめ真野の榛原

 

(訳)白菅の生い茂る真野の榛の林、この林をあなたは往(ゆ)き来(き)にいつもご覧になっておられるのでしょう。けれど、私は初めてです、この美しい真野の榛原は。

(注)ゆくさくさ【行くさ来さ】分類連語:行くときと来るとき。往復。 ※「さ」は接尾語。(学研)

 

 万葉集には「白菅の真野の榛原」を詠んだ歌はもう一首収録されている。こちらもみてみよう。

 

題詞は、「寄木」<木に寄す>である。

 

◆白菅之 真野乃榛原 心従毛 不念吾之 衣尓摺

                (作者未詳 巻七 一三五四)

 

≪書き下し≫白菅(しらすげ)の真野(まの)の榛原(はりはら)心ゆも思はぬ我(わ)れし衣に摺(す)りつ

 

(訳)白菅の生い茂る真野の榛(はんのき)の林、その榛を、心底思っているわけでもない私としたことが、衣の摺染めに使ってしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)意に染まない男と契ったことを悔やんでいる歌である。

 

 万葉集には、「榛」「榛原」と詠われている歌は十四首あるが、「衣」とともに詠われている歌が九首ある。これは、「榛」が摺染(すりぞめ)に使われていたことを物語っている。タンニンを多く含むことから「黒色の染料」としても使われていたのである。

 摺染(すりぞめ)とは、コトバンク 精選版 日本国語大辞典によると、「 染色法の一つ。草木の花、または葉をそのまま布面に摺りつけて、自然のままの文様を染めること。また花や葉の汁で模様を摺りつけて染める方法もある。この方法で染めたものを摺衣(すりごろも)という。」とある。

 

 伊丹市HPによると昆陽池公園(こやいけこうえん)について、「都市部では珍しい野鳥のオアシス。関西屈指の渡り鳥の飛来地で、秋から冬にかけてはカモなど多くの水鳥が飛来します。また、春には白鳥の抱卵やひなたちを引き連れて泳ぐ可愛らしい姿も見られます。この地はもともと、奈良時代の名僧、行基が築造した農業」用のため池。これを市が昭和43年に一部公園化し、さらに47年・48年で現在の姿に整備しました。(後略)」と書かれている。

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昆陽池公園 園内案内図

 公園入口の園内案内図に池の真ん中が日本列島になっており、「野鳥の島」と書かれている。昔、出張の折、伊丹空港を離陸した飛行機の窓から、池の中に日本列島が見えたのに驚いたことがあったが、この昆陽池だったんだと感動を新たにした。

 

入口売店から昆虫館に続く「ふるさと小路」左手に万葉歌碑は建てられていた。

 

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昆陽池公園「ふるさと小路」(左手に歌碑が見える)


 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 小学館デジタル大辞泉

★「伊丹市HP」