万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その792)―大阪府吹田市片山 片山北ふれあい公園―万葉集 巻十四 三三六六

●歌は、「ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の水無瀬川に潮満つなむか」である。

 

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吹田市片山 片山北ふれあい公園万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、吹田市片山 片山北ふれあい公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆麻可奈思美 佐祢尓和波由久 可麻久良能 美奈能瀬河泊尓 思保美都奈武賀

               (作者未詳 巻十四 三三六六)

 

≪書き下し≫ま愛(かな)しみさ寝(ね)に我(わ)は行く鎌倉の水無瀬川(みなのせがは)に潮(しほ)満(み)つなむか

 

(訳)かわいさのあまり、共寝をしに私は出かけて行く。それにしても、鎌倉のあの水無瀬川(みなのせがわ)に、今ごろ潮が満ち満ちていはしまいか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)「なむ」は「らむ」の訛り

(注)よそ者に対する妨害の譬えを詠ったもの。

(注)▽みなせがは【水無瀬川】名詞:水のない川。伏流となって地下を流れ、川床に水の見えない川。和歌では、表に現れない、表に現せない心をたとえることがある。「みなしがは」とも。

▽みなせがは【水無瀬川】分類枕詞:水無瀬川の水は地下を流れるところから、「下(した)」にかかる。

水無瀬川 分類地名:歌枕(うたまくら)。今の大阪府三島郡島本町を流れ、桂(かつら)川に注ぐ川。(学研)

 

 万葉歌碑が設置されている場所は、歌と何らかの関連性があるので、現地で、歌の背景、地理的な関連性、歴史的背景を感じながら歌に共感していくのであるが、正直、この片山ふれあい公園の歌碑が、なぜここなのかがよくわからない。

 第一に関東東歌である。地名も鎌倉の水無瀬川である。水無瀬という地名は、大阪府三島郡島本町水無瀬があるが、ここ吹田市片山との関係が理解できない。

 吹田市鎌倉市姉妹都市かと吹田市HPをみてみたが、「国内では、新潟県妙高市福井県若狭町大阪府能勢町滋賀県高島市高知県土佐町、兵庫県香美町とフレンドシップ協定を結び、さまざまな住民同士の交流を支援しています。」とありこれもあてはまらなかった。

 遊具が結構完備されていることを考えると、歌の内容はそぐわないように思う。まさか、「ふれあい」と「共寝」と言うわけではないだろう。

 ほぼ公園の真ん中にポツンと建てられているのも「何故」という疑問を余計にかきたてるのである。

 

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片山北ふれあい公園入口

 歌に戻るが、三三六一から三三七二歌の歌群の左注は、「右の十二首は相模(さがむ)の国の歌」である。

 すべてみてみよう。

 

◆安思我良能 乎弖毛許乃母尓 佐須和奈乃 可奈流麻之豆美 許呂安礼比毛等久

               (作者未詳 巻十四 三三六一)

 

≪書き下し≫足柄(あしがら)のをてもこのもにさすわなのなるましづみ子(こ)ろ我(あ)れ紐(ひも)解(と)く

 

(訳)足柄山のあちら側にもこちら側にも張り渡してある罠(わな)に獲物が引っかかって鳴り響く、その間の静まるのを待って、かわいい子と私とは紐を解く。(同上)

(注)をてもこのも【彼面此面】名詞:あちら側とこちら側。かなたこなた。あちこち。 ※「をちおも(遠面)このおも(此面)」の変化した語。(学研)

(注)かなるましづみ 分類連語:騒がしい間を静かにこっそりと。▽真義は不詳。(学研)

 

 

◆相模祢乃 乎美祢見可久思 和須礼久流 伊毛我名欲妣弖 吾乎祢之奈久奈

               (作者未詳 巻十四 三三六二)

 

≪書き下し≫相模嶺(さがむね)の小峰(をみね)見退(みそ)くし忘れ来(く)る妹(いも)が名呼びて我(あ)を音(ね)し泣くな

 

(訳)相模嶺の懐かしい峰を見捨てるようにして、忘れよう忘れようとしてやって来たあの子、その子の名を今さら叫んで、この私を泣かせてくれるな。(同上)

(注)見退(みそ)くし:背を向け見捨てるようにして

(注)ねなく【音泣く・音鳴く】自動詞:声をあげてなく。(学研)

(注)国境の峠で他人の呼んだ言葉が偶然妻の名と一致した時の嘆きを詠っている。

 

◆或本歌曰 武蔵祢能 乎美祢見可久思 和須礼遊久 伎美我名可氣弖 安乎祢思奈久流

 

≪書き下し≫或る本の歌に曰はく 武蔵嶺(むさしね)の小峰見隠(かく)し忘れ行く君が名懸けて我(あ)を音(ね)し泣くる

 

(訳)武蔵嶺のこの峰に背を向けて、私のことを忘れよう忘れようとして旅を続けるあの方、その方の名を今さら口にして私を泣かせたりなんかして・・・。(同上)

 

 

◆和我世古乎 夜麻登敝夜利弖 麻都之太須 安思我良夜麻乃 須疑乃木能末可

               (作者未詳 巻十四 三三六三)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)を大和(やまと)へ遣(や)りて待つしだす足柄山(あしがらやま)の杉(すぎ)の木(こ)の間(ま)か

 

(訳)いとしいあの方を大和へ行かせてしまい、私がひたすら待つ折しも、何と、私は、松ならぬ、足柄山の杉―過ぎの木の間なのか。(同上)

 

 

◆安思我良能 波祜祢乃夜麻尓 安波麻吉弖 實登波奈礼留乎 阿波奈久毛安夜思

               (作者未詳 巻十四 三三六四)

 

≪書き下し≫足柄(あしがら)の箱根(はこね)の山に粟(あは)蒔(ま)きて実(み)とはなれるを粟(あは)無くもあやし

 

(訳)足柄の箱根の山に粟を蒔いて、無事に実ったというのに、粟がない―逢わないとは、まったくもって変だ。

(注)実(み)とはなれる:仲が結ばれたことを匂わす。

(注)粟なく:逢わなくを懸ける。

 

◆或本歌末句曰 波布久受能 比可波与利己祢 思多奈保那保尓<或本の歌の末句には「延(は)ふ葛(くず)の引かば寄り来(こ)ね下(した)なほなほに」といふ>

(注)なほなほに【直直に】副詞:まっすぐに。素直に。(学研)

 

(或本の訳)延い廻る葛を引っ張るように、誘ったら寄って来てくれよ。心すなおに。(同上)

 

 

◆可麻久良乃 美胡之能佐吉能 伊波久叡乃 伎美我久由倍伎 己許呂波母多自

               (作者未詳 巻十四 三三六五)

 

≪書き下し≫鎌倉の見越(みごし)の崎の岩(いは)崩(く)えの君が悔(く)ゆべき心は持たじ

 

(訳)鎌倉の見越の崎の岩がずれるというではないが、あなたがいて仲を崩してしまうような心は、けっして持ちません。(同上)

(注)上三句は序。類音で「悔ゆ」を起こす。

 

 

◆母毛豆思麻 安之我良乎夫祢 安流吉於保美 目許曽可流良米 己許呂波毛倍杼

               (作者未詳 巻十四 三三六七)

 

≪書き下し≫百(もも)つ島足柄(あしがら)小舟(をぶね)歩(ある)き多(おほ)み目こそ離(か)るらめ心は思(も)へど

 

(訳)いくつもの島、その島々を経めぐる足柄小舟のように、たち廻る所が多いので、目と目を合わせる機会はこんなに遠のいているわけよね。心の中では思ってくれているんでしょうけど。(同上)

 

 

◆阿之我利能 刀比能可布知尓 伊豆流湯能 余尓母多欲良尓 故呂河伊波奈久尓

               (作者未詳 巻十四 三三六八)

 

≪書き下し≫足柄(あしがり)の土肥(とひ)の河内(かふち)に出づる湯の余にもたよらに子ろが云はなくに

 

(訳)足柄の土肥(とい)の河内に湧きゆらぐ湯のように、ほんにちらっとでもゆらぐ気持ちをあの子が洩らしたわけでもないのにさ。(同上)

(注)「あしがり」は「あしがら」の訛り。

(注)よにも【世にも】副詞:①極めて。いかにも。②〔下に打消の語を伴って〕決して。断じて。 ※副詞「よに」に係助詞「も」を付けて、意味を強めた語。(学研)

(注)たよらなり>たゆらなり 形容動詞:ゆれ動いて定まらない。「たよらなり」とも。(学研)

 

◆阿之我利乃 麻萬能古須氣乃 須我麻久良 安是加麻可左武 許呂勢多麻久良

               (作者未詳 巻十四 三三六九)

 

≪書き下し≫足柄(あしがり)の麻万(まま)の小菅(こすげ)の菅枕(すがまくら)あぜかまかさむ子(こ)ろせ手枕(たまくら)

 

(訳)足柄の麻万(まま)の小菅の菅枕、そんなものを何で枕にしなさるのか。いとし子よ、私のこの手を枕にしなされ。(同上)

(注)あぜ【何】副詞:なぜ。どのように。 ※上代の東国方言。(学研)

(注)ころ【子ろ・児ろ】名詞:女性や子供を親しんで呼ぶ語。 ※「ろ」は接尾語。「子ら」の上代の東国方言。(学研)

 

 

◆安思我里乃 波故祢能祢呂乃 尓古具佐能 波奈都豆麻奈礼也 比母登可受祢牟

               (作者未詳 巻十四 三三七〇)

 

≪書き下し≫足柄(あしがり)の箱根の嶺(ね)ろのにこ草(ぐさ)の花つ妻なれや紐解かず寝(ね)む

 

(訳)足柄の箱根の峰のにこ草のような、そんな花だけの妻ででもあるなら、私はお前さんの紐も解かずに寝もしよう。そうでもないのにどうして・・・(同上)

(注)にこぐさ【和草】:葉や茎の柔らかい草。一説に、ハコネシダの古名とも。多く序詞に用いられる。(weblio辞書 小学館デジタル大辞泉

(注)上三句は序。「花」の縁で「花つ妻」を起こす。

 

 

◆安思我良乃 美佐可加思古美 久毛利欲能 阿我志多婆倍乎 許知弖都流可母

               (作者未詳 巻十四 三三七一)

 

≪書き下し≫足柄(あしがら)の御坂(みさか)畏(かしこ)み曇(くも)り夜(よ)の我(あ)が下(した)ばへをこちでつるかも

 

(訳)足柄の神の御坂の恐ろしさに、曇り夜のような私の秘めた思い、その思いをとうとう口に出してしまった。(同上)

(注)くもりよの【曇り夜の】:[枕]曇りの夜は物の区別もさだかでないところから、「たどきも知らず」「あがしたばへ」「迷(まど)ふ」などにかかる。(weblio辞書 小学館デジタル大辞泉

(注)したばふ【下延ふ】自動詞:ひそかに恋い慕う。「したはふ」とも。(学研)

(注)こちでつる:言出つる→口に出す

 

 

◆相模治乃 余呂伎能波麻乃 麻奈胡奈須 兒良波可奈之久 於毛波流留可毛

               (作者未詳 巻十四 三三七二)

 

≪書き下し≫相模路(さがむぢ)の余綾(よろぎ)の浜の真砂(まなご)なす子らは愛(かな)しく思はるるかも

 

(訳)相模路の余綾(よろぎ)の浜の真砂のような子、あの子はむやみやたらにいとしく思われてならぬ。(同上)

(注)余綾(よろぎ):古代の大磯海岸は「よろぎ(ゆるぎ・こゆるぎ・こよろぎ)」の磯と呼ばれていた。(大磯町の観光情報サイト)

 

左注は、「右十二首相模國歌」<右の十二首は相模(さがむ)の国の歌>である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 小学館デジタル大辞泉

★「吹田市HP」

★「大磯町の観光情報サイト」