万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その794-1)―住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北―万葉集 巻十九 四二四三 

●歌は、「住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ」である。

 

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住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑(丹治真人土作)

●歌碑は、住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「民部少輔丹治真人土作歌一首」<民部少輔(みんぶのせうふ)多治真人土作(たぢのまひとはにし)が歌一首>である。

 

◆住吉尓 伊都久祝之 神言等 行得毛来等毛 舶波早家无

              (丹治真人土作 巻十九 四二四三)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)に斎(いつ)く祝(はふり)が神言(かむこと)と行くとも来(く)とも船は早けむ

 

(訳)住吉の社で神祭りをしている神主のお告げでは、行きも帰りも船はすいすいと進むはずです。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)住吉の社:住吉の神は航海の安全を守る神

(注)はふり【祝】名詞:神に奉仕することを職とする者。特に、神主(かんぬし)や禰宜(ねぎ)と区別する場合は、それらの下位にあって神事の実務に当たる職をさすことが多い。祝(はふ)り子。「はうり」「はぶり」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)神言(かむこと):神の継げる言葉。神託、託宣。(万葉神事語事典 國學院大學デジタルミュージアム

 

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角柱碑正面上部の巻十九 四二四三歌(右)

 四二四二から四二四四歌までの三首は、遣唐使を送別する宴の歌であり、第一次の場の詠歌であり、四二五五歌以降は、第二次の場での古歌が収録されている。

 四二四二歌ならびに四二四四歌をみてみよう。

 

 題詞は、「大納言藤原家餞之入唐使等宴日歌一首 即主人卿作之」<大納言(だいなごん)藤原家にして入唐使等(にふたふしら)を餞(せん)する宴(うたげ)の日の歌一首 すなはち、主人卿作る>である。

(注)大納言:藤原仲麻呂のこと

 

◆天雲乃 去還奈牟 毛能由恵尓 念曽吾為流 別悲美

              (藤原仲麻呂 巻十九 四二四二)

 

≪書き下し≫天雲の去(ゆ)き帰(かへ)りなむものゆゑに思ひぞ我がする別れ悲しみ

 

(訳)天雲のように行ってすぐ帰って来るものにちがいないのに、わたしは千々に心を砕く。別れが切なくて。(同上)

(注)あまくもの【天雲の】分類枕詞:①雲が定めなく漂うところから、「たどきも知らず」「たゆたふ」などにかかる。②雲の奥がどこともわからない遠くであるところから、「奥処(おくか)も知らず」「はるか」などにかかる。③雲が離れ離れにちぎれるところから、「別れ(行く)」「外(よそ)」などにかかる。④雲が遠くに飛んで行くところから、「行く」にかかる。(学研) ここでは④の意

 

 

題詞は、「大使藤原朝臣清河歌一首」<大使藤原朝臣清河が歌一首>である。

(注)藤原清河:奈良時代の公卿。房前(ふささき)の四男。遣唐大使として渡唐。帰国の際、暴風にあい安南に漂着。再び唐に戻り、唐で没した。生没年未詳。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

◆荒玉之 年緒長 吾念有 兒等尓可戀 月近附奴

               (藤原清河 巻十九 四二四四)

 

≪書き下し≫あらたまの年の緒(を)長く我(あ)が思へる子(こ)らに恋ふべき月近づきぬ

 

(訳)年の年月、私がずっといとおしく思ってきた人、その人と離れて、恋しく思わずにはいられなくなる月が、今や近づいてきた。(同上)

 

 

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住吉大社名碑と正面参道

 住吉神社の総本社、住吉大社(すみよしたいしゃ)の海上交通の守護神として、また、和歌の神としても信仰される。今の大阪市住吉区を中心とする一帯の元来の地名は「すみのえ」であるが、「住吉」と当てた表記から「すみよし」の読みが生まれた。古くからの港で、海上交通の要地でもあった。

 

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遣唐使進発の地」の碑

 電車通りを渡った参道の左手に「遣唐使進発の地」の碑がある。

 万葉歌碑は、正面参道の「反橋」の西詰め左手に建てられている。横手が船形になった十字架のような形である。この碑形については、大阪市平野区長原遺跡から出土した5世紀初め頃の船形埴輪がモデルとされている。この船を中空に支える形で、万葉歌と住吉古代地形図が刻された角柱碑が垂直に建てられている構成になっている。

 形は馴染めないが、住吉の古代地形にちなんだ万葉歌をみて行くと、その時代の息吹が感じられるのである。

 

 角柱碑正面上部に、巻十九 四二四三、巻一 六九歌が、下部に、万葉時代の住吉地形とゆかりの 巻三 二八三、巻六 九九九、巻七 一二七五、巻二 一二一、巻十二 三〇七六、巻七 一二七四、巻六 九三二歌の七首が、同裏面上部には、巻七 一一五六、巻七 一一五九、巻六 一〇〇二、巻七 一三六一、の四首、同下部には、巻七 一一四七、巻十 一八八六、巻十 二二四四、巻七 一二七三の四首、計十七首が刻されている。

 一首ずつ味わっていこう。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉神事語事典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「住吉大社HP」