万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その794-4)―住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北―万葉集 巻七 一一五九

●歌は、「住吉の岸の松が根うちさらし寄せ来る波の音のさやけさ」である。

 

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住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑<角柱碑裏面上部右から2番目>(作者未詳)


●歌碑は、住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆住吉之 岸之松根 打曝 縁来浪之 音之清羅

                (作者未詳 巻七 一一五九)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の岸の松が根うちさらし寄せ来る波の音のさやけさ

 

(訳)住吉の岸に生い立つ松の根、その根を洗い出して打ち寄せてくる波の音の、何とまあすがすがしいことか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)きし【岸】名詞:①(川・湖・海などの)岸。②岩や石の切り立った所。がけ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 「岸」については、「万葉神事語事典」(國學院大學デジタルミュージアム)に次のような詳細な説明が載っているので引用させていただく。

「きし 岸 Kishi:①岩や石などの切り立ったところ。がけ。②きし。水際の断崖。万葉集の7-1159では、住吉の岸に生える松の根を洗うようにして、寄せてくる波が詠まれている。また、7-1150では住吉の岸に家があったなら、沖に海辺にと寄せてくる白波を眺め偲ぼうという。そのような住吉の岸に田を墾ろうという歌(10-2244)もあり、しかし、岩々の地に田を墾るというのは必ずしも適していたとは考えられない。住吉の岸には『埴生』つまり染料に用いることのあるハニ(赤土・黄土)の露頭地があったようである。万葉集にでは『住吉の岸の埴生』を詠む歌が多く、特徴的なものとして知れ渡っていたのであろう。また、2-143には有間皇子の結び松が『崖の松が枝』と詠まれており、海沿いの岸に生えた松であった。肥前国風土記の杵嶋郡に『巌の岸、峻極しくて、人跡罕に及る』とあり、岩などが切り立った場所で人が入るのが困難な場を『岸』と言っている。また常陸国風土記久慈郡の谷合山について述べている箇所で「あらゆる岸壁は、形磐石のごとく」とあるように、山の切り立ったところも『岸』と言う。川の水際の断崖も『岸』と呼んでおり、『川岸の』(3-437)、『佐保川の 岸のつかさの』(4-529)とある。」

 

遣唐使の出発港ととして「難波の津」と並んで、「住吉の津」が立地していたのは、歌のように「住吉の岸」と呼ばれていることから、波打ち際はにそれほど高くはない断崖状になっていたので、港に適していたのだろう。

 

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住吉大社反橋

 万葉歌碑は、反橋(そりばし)の西詰、本殿に向かって左手にある。反橋は、太鼓橋(たいこばし)とも呼ばれている。池に反射した影と本体でうつくしい朱色の円形が太鼓のように見えるからであろう。この橋の付近まで海辺であったといわれている。住吉の岸と呼ばれていたのであろう。

 この反橋は、秀吉の側室であった淀殿が寄進したといわれている。橋桁や踏板は木製であるため時々架け替えが行われるが、石造りの橋柱は当時のままと言われている。

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反橋の急傾斜


 

 反橋を上り、本殿を眺め、下りの落差に異次元の世界に下り立った感覚になる。不思議な空間である。

 

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反橋頂

 「すみのえの」が初句になっている歌は、万葉集では二二首ある。同様に「すみのえに」が二首ある。(初句索引 伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 表記は、

「住吉」三首(一二七三、一二七四、一二七五)、

「住吉之」が九首(一一五三、一一五六、一一五八、一一五九、一八八六、

二二四四、二七三五、二七九七、三〇七六)、

「住吉乃」が三首(九九七、二六四六、三一九七)

「墨吉之」が三首(二八三、一一五〇、一三六一)、

「墨江之」が一首(三八〇八)、

「墨之江之」が一首(三八〇一)、

「清江乃」が一首(二九五)、

「須美乃江能」が一首(四四五七)となっている。

 「すみのえに」の二首は、「住吉尓」(一一四九、四二四三)と表記されている。

 歌中の表記として「須美乃延能」(四四〇八)がある。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉神事語事典」(國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」