●歌は、「住吉の浅沢小野のかきつはた衣に摺り付け着む日知らずも」である。
●歌をみていこう。
◆墨吉之 淺澤小野之 垣津幡 衣尓揩著 将衣日不知毛
(作者未詳 巻七 一三六一)
≪書き下し≫住吉(すみのえ)の浅沢小野(あささはをの)のかきつはた衣(きぬ)に摺(す)り付け着む日知らずも
(訳)住吉の浅沢小野に咲くかきつばた、あのかきつばたの花を。私の衣の摺染めにしてそれを身に付ける日は、いったいいつのことなのやら。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)浅沢小野:住吉大社東南方の低湿地。
(注)かきつはた:年ごろの女の譬え
(注)「着る」は我が妻とする意。
染料として使われていた「かきつばた」の花汁は青みを帯びた紫色で鮮やかなものであった。花そのものとしてもその立ち姿の美しさは群を抜いていた。
万葉集では、「かきつばた」を詠んだ歌は七首収録されている。他の六首もみてみよう。
◆常ならぬ人国山(ひとくにやま)の秋津野(あきづの)のかきつはたをし夢(いめ)に見しかも
(作者未詳 巻七 一三四五)
(訳)人国山の秋津野に咲くかきつばた、美しいそのかきつばたの花を、昨夜、私は夢に見ました。(同上)
(注)人国山:他国の山。和歌山県の山の名とも。
(注)かきつばた:人妻の譬え。
なお、「人国山」を詠んだ歌に、巻七 一三〇五歌がある。
こちらの歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その713)」で紹介している。
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◆我(あ)れのみやかく恋すらむかきつはた丹(に)つらふ妹(いも)はいかにかあるらむ
(作者未詳 巻十 一九八六)
(訳)私だけがこんなにせつなく恋い焦がれているのであろうか。かきつばたのように紅(あか)い頬をしたあの子は、いったいどんな気持ちでいるのであろうか。(いとう に同上)
(注)につらふ【丹つらふ】自動詞:紅(くれない)に照り映えて美しい。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
◆かきつはた丹(に)つらふ君をいささめに思ひ出(い)でつつ嘆きつるかも
(作者未詳 巻十一 二五二一)
(訳)かきつばたのように顔立ちの立派なあなた、そんなあなただものだから、ふっと思い出しては、溜息ばかりついています。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)いささめに 副詞:かりそめに。いいかげんに。(学研)
◆かきつはた佐紀沼(さきぬ)の菅(すげ)を笠(かさ)に縫(ぬ)ひ着む日を待つに年ぞ経(へ)にける
(作者未詳 巻十一 二八一八)
(訳)かきつばたが美しく咲くという、その佐紀沼の菅を笠に縫い上げて、身に着ける日をいつのことかと待っているうちに、年が経ってしまった。(同上)
(注)佐紀沼:奈良市佐紀町の沼か。
(注)着む日:女を妻に定めて結婚する日。
◆かきつはた佐紀沢(さきさは)に生(お)ふる菅(すが)の根の絶ゆとや君が見えぬこのころ
(作者未詳 巻十二 三〇五二)
(訳)佐紀沢に生い茂っている菅の根でも絶えるというが、これっきりで仲が絶えるというのか、あの方がいっこうにおみえにならぬ今日この頃だ。(同上)
(注)上三句は序。「絶ゆ」を起こす。
◆かきつばた衣(きぬ)に摺(す)り付けますらをの着襲(きそ)ひ猟(かり)する月は来にけり
(大伴家持 巻十七 三九二一)
(訳)杜若(かきつばた)、その花を着物に摺りつけて染め、ますらおたちが着飾って薬猟(くすりがり)をする月は、今ここにやってきた。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)きそふ【着襲ふ】他動詞:衣服を重ねて着る。(学研)
三九二一歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その339)」で紹介している。
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一九八六,二五二一歌の「かきつはた」は枕詞で、「丹つらふ」に、二八一八、三〇五二歌も同様、枕詞で「佐紀沼」に懸っている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」