万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その794-9)―住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北―万葉集 巻十 二二四四

●歌は、「住吉の岸に田を墾り蒔きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも」である。

 

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住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑<角柱碑裏面下部左から2番目>(作者未詳)

●歌碑は、住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆住吉之 岸乎田尓墾 蒔稲 乃而及苅 不相公鴨

              (作者未詳 巻十 二二四四)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の岸を田に墾(は)り蒔(ま)きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも

 

(訳)住吉の崖(がけ)の上まで田を切り開いて蒔いた稲、その稲をこうして刈り取るまでになっても、まだ逢ってくださらない、あの方は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)住吉の岸:大阪市住吉区一帯。

(注)きし【岸】名詞:①(川・湖・海などの)岸。②岩や石の切り立った所、がけ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)岸を田に墾(は)る:崖(がけ)の上まで田を切り開いて

(注)かくて【斯くて】副詞:このようにして。(学研)

 

 「住吉の岸」とあるように、岩や石の切り立ったところで、しかも「住吉の岸の埴生」と詠われているのは、染料等に使う埴土(はに)が露出していたと考えられる。このようなどちらかというと稲作に適した土地とは考えずらい。

 そのような土地を耕し、稲を刈り取る所までこぎつけたのに、稲は実のっても、私の恋はまだ実らないといった嘆きの歌である。

 

 二二四四から二二五一歌の歌群の題詞は「水田に寄す」である。

 他の七首もみてみよう。

 

◆太刀(たち)の後(しり)玉纒(たままき)田居(たゐ)にいつまでか妹(いも)を相見(あひみ)ず家(いへ)恋ひ居(を)らむ

               (作者未詳 巻十 二二四五

(注)太刀の後:「玉纒」(所在不明)の枕詞

(注)たゐ【田居】 名詞:①田。たんぼ。②田のあるような田舎。(学研)

 

◆秋の田の穂の上(うへ)に置ける白露(しらつゆ)の消(け)ぬべくも我(わ)は思ほゆるかも

                (作者未詳 巻十 二二四六)

 

(訳)秋の田の稲穂の上に置いている白露がはかなく消え失せるように、消え失せてしまいそうなほど、私はあの人のことが恋しく思われてならない。(同上)

(注)上三句は序。「消ぬ」を起こす。

 

◆秋の田の穂向(ほむ)きの寄れる片寄(かたよ)りに我(わ)れは物思(ものも)ふつれなきものを七

                (作者未詳 巻十 二二四七)

(訳)秋の田の稲穂が一方に靡き垂れているその片寄りさながらに、私はただひたむきに物思いに耽(ふけ)っております。あなたはまるでつれないのに。(同上)

(注)上二句は序。「片寄りに」を起こす。

 

 白露がはかなく消え失せるとか稲穂の片寄りといった自然観察から、自分の気持ちを詠うこの感受性に驚かされる。

 

◆秋田刈る仮廬(かりいほ)を作り廬(いお)りしてあるらむ君を見むよしもがも

                (作者未詳 巻十 二二四八)

 

(訳)秋の田を刈るための仮小屋を作って、今頃、仮住いをしていらっしゃるはずのあの方に、お逢いする手立てがあればよいのに。(同上)

(注)よし【由】名詞:①理由。いわれ。わけ。②口実。言い訳。③手段。方法。手だて。④事情。いきさつ。⑤趣旨。⑥縁。ゆかり。⑦情趣。風情。⑧そぶり。ふり。(学研) ここでは③の意

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)

 

◆鶴(たづ)が音(ね)の聞こゆる田居(たゐ)に廬りして我(わ)れ旅なりと妹(いも)に告げこそ

                 (作者未詳 巻十 二二四九)

(訳)鶴の鳴き声の聞こえる田んぼに仮住いをして、私がひとり家を離れて暮らしていると、あの子に告げておくれ。(同上)

 

◆春霞(はるかすみ)たなびく田居(たゐ)に廬(いほ)つきて秋田刈るまで思はしむらく

                 (作者未詳 巻十 二二五〇)

 

(訳)春霞のたなびく田んぼに仮小屋を作ってから、秋の田を刈る頃になるまで、ずっと私をいらいらさせ続けるとは・・・。(同上)

(注)「しむらく」は「しむ」のク語法>【ク語法】:活用語の語尾に「く(らく)」が付いて、全体が名詞化される語法。「言はく」「語らく」「老ゆらく」「悲しけく」「散らまく」など。→く(接尾) →らく(接尾)(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

◆橘(たちばな)を守部(もりべ)の里の門田(かどた)早稲(わせ)刈る時過ぎぬ来(こ)じとすらしも

                 (作者未詳 巻十 二二五一)

 

(訳)橘の守部の里の門田の早稲、その早稲を刈り取る時期も過ぎてしまった。それでもやっぱりあの人は来てはくれないつもりらしい。(同上)

(注)橘を:地名か。「守部」(所在未詳)の枕詞とも。(伊藤脚注)

 

二二四八から二二五〇歌に出てくる「廬」は、農作業のために、草木などで造った仮小屋をさす。

額田王が詠った草刈り葺いた仮廬とは、どのような仮住いであったのだろう。

額田王の歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その227)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

 

※20240126一部改訂。二二五一歌追記