●歌は、「夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな」
●歌をみていこう。
◆暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
(弓削皇子 巻一 一二二)
≪書き下し≫夕(ゆふ)さらば潮満ち来(き)なむ住吉(すみのえ)の浅香(あさか)の浦に玉藻(たまも)刈りてな
(訳)夕方になったら潮がどんどん満ちてこよう。住吉の浅香の浦で、今のうちに(潮が満ちてこないうちに)玉藻を刈り取ってしまいたいものだ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)潮:ここでは人の噂の譬え
(注)浅香:大阪南部・堺市にかけての地。
(注)上二句の夕・満ち来に対して、「浅香」は、朝・浅(干潮)の意を込め、一刻も早くの意を匂わす
一九から一二二歌の歌群の題詞は、「弓削皇子思紀皇女御歌四首」<弓削皇子(ゆげのみこ)、紀皇女(きのひめみこ)を思(しの)ふ御歌四首>である。
他の三首もみていこう。
◆芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢濃香問
(弓削皇子 巻一 一一九)
≪書き下し≫吉野川行く瀬の早みしましくも淀(よど)むことなくありこせぬかも
(訳)吉野川、その早瀬の流れのように、二人の仲も、ほんのしばらくのあいだも淀むことなくあってくれないものかな。(同上)
(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)ぬかも 分類連語:〔多く「…も…ぬかも」の形で〕…てほしいなあ。…てくれないかなあ。▽他に対する願望を表す。 ※上代語。 ※なりたち打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研)
◆吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
(弓削皇子 巻一 一二〇)
訓読 我妹子(わぎもこ)に恋ひつつあらずは秋萩(あきはぎ)の咲きて散りぬる花にあらましを
(訳)あの子にこんなに恋い焦がれてなんかおらずに、いっそのこと、秋萩の、咲いてはすぐ散ってしまう花であった方がよっぽどましだ。(同上)
◆大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
(弓削皇子 巻一 一二二)
≪書き下し≫大船(おほぶね)の泊(は)つる泊(とま)りのたゆたひに物思(ものも)ひ痩(や)せぬ人の子故(ゆえ)に
(訳)大船が碇泊(ていはく)する港のように、揺れて定まらぬまま、物思いにふせって痩せこけてしまった。あの子は他人のものでどうにもならぬのに。(同上)
(注)たゆたふ【揺蕩ふ・猶予ふ】自動詞:定まる所なく揺れ動く。(学研)
(注)上二句は序・「たゆたひに」を起こす。
(注)人の子:ここでは他の人との縁ができてしまったあの子。
弓削皇子が、持統女帝吉野行幸に従い、行幸に老年のため参加できなかった額田王に贈った歌がある。題詞は、「幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首」<吉野の宮に幸(いでま)す時に、弓削皇子(ゆげのみこ)の額田王(ぬかたのおほきみ)に賜与(おく)る歌一首>である。
◆いにしへに恋ふる鳥かも弓弦葉(ゆずるは)の御井(みゐ)の上より鳴き渡り行く(一一一歌)
この弓削皇子の歌に対して額田王は、題詞、「額田王奉和歌一首 従倭京進入」<(額田王、和(こた)へ奉る歌一首 倭の京より進(たてまつ)り入る>の歌でこたえている。
◆いにしへに恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きし我が思(も)へるごと(一一二歌)
この二首については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その110)」で紹介しています。 初期のブログですので、朝食のサンドイッチの写真などを掲載していますが、ご容赦下さい。歌碑は奈良県高市郡明日香村栗原 栗原寺跡である。
➡ こちら110
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」