万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その794-15)―住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北―万葉集 巻十二 三〇七六

●歌は、「住吉の敷津の浦のなのりその名は告りてしを逢はなくもあやし」である。

 

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住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑<角柱碑正面下部下段右から二番目>(作者未詳)


            

●歌碑は、住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆住吉之 敷津之浦乃 名告藻之 名者告而之乎 不相毛恠

                (作者未詳 巻十二 三〇七六)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の敷津(しきつ)の浦(うら)のなのりその名は告(の)りてしを逢はなくもあやし

 

(訳) 住吉の敷津の浦のなのりそではないが、名告ってはいけない名前、私のその名は告げたのに、逢ってもくれないのは何としても不思議。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)敷津:住吉大社西方一帯

(注)上三句は序。「名は告(の)りてし」を起こす。

 

「なのりそ」という名は、日本書記の衣通郎姫(そとほしのいらつめ)の歌「とこしえに 君も会えやも いさな取り 海の浜藻の 寄る時々を」(訳:いつでもあなたにお逢いできないというわけではありません。海の浜藻が波打ち際に寄せる様にときおりしかお逢いできませんよ。)を聞いた天皇は、「この歌は他の者に告げてはならない。皇后の耳に入れば恨まれるだろうから」と言ったという。そこで、当時の人々は天皇の気持ちを忖度して、浜藻を「なのりそ藻」と呼ぶようになった、といわれている。

(注)ときどき【時時】副詞:その時その時。時に応じて。ときおり。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「なのりそ」を詠った歌をみてみよう。

 

◆三佐呉集 荒礒尓生流 勿謂藻乃 吉名者不<告> 父母者知鞆

               (作者未詳 巻十二 三〇七七)

 

≪書き下し≫みさご居る荒礒に生ふるなのりそのよし名は告らじ親は知るとも

 

(訳)みさごの棲む荒磯に生い立つなのりそではないが、口が裂けてもあなたのお名前など誰にも明かしはません。二人の仲をたとえ親は知ったとしても。(同上)

(注)みさご【鶚・雎鳩】名詞:鳥の名。猛禽(もうきん)で、海岸・河岸などにすみ、水中の魚を捕る。岩壁に巣を作り、夫婦仲がよいとされる。(学研)

 

次の2首とも極めてよく似ている。

 

◆美沙居 石轉尓生 名乗藻乃 名者告志弖余 親者知友

               (山部赤人 巻三 三六二)

 

≪書き下し≫みさご居(ゐ)る磯(いそ)みに生(お)ふるなのりその名は告(の)らしてよ親は知るとも

 

(訳)みさごの棲んでいる荒磯に根生えているなのりそではないが、名告ってはいけない名前、その名は大切だろうが名告っておくれ。たとえ親御は気付いても。(同上)

(注)みさご【鶚・雎鳩】名詞:鳥の名。猛禽(もうきん)で、海岸・河岸などにすみ、水中の魚を捕る。岩壁に巣を作り、夫婦仲がよいとされる。(学研)

(注)上三句は序。「名」を起こす。

(注)なのりそ 名詞:海藻のほんだわらの古名。正月の飾りや、食用・肥料とする。(学研)➡「勿告りそ」の意を懸ける。

(注)名は告らしてよ:旅先の女に求婚したことを意味する。

 

 三六二歌は、題詞「山部宿禰赤人が歌六首」の一首であり、続いて三六三歌は、題詞「或本歌曰」<或る本の歌に日はく>がある。こちらもみてみよう。

三六二歌の異伝である。

 

◆美沙居 荒礒尓生 名乗藻乃 吉名者告世 父母者知友

               (三六二の異伝 巻三 三六三)

 

≪書き下し≫みさご居る荒磯(ありそ)に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも

 

(訳)みさごの棲んでいる荒磯に根生えているなのりそではないが、名告ってはいけない名前、その名は大切だろうが、えいままよ名告っておくれ。たとえ親御は気付いても。(同上)

(注)よし【縦し】副詞:仕方がない。ままよ。どうでも。まあよい。 ▽「よし」と仮に許可するの意。(学研)

 

 「山部宿禰赤人が歌六首」(三五七から三六二歌)については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その614)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

もう一首みてみよう。

 

◆紫之 名高浦乃 名告藻之 於礒将靡 時待吾乎

               (作者未詳 巻七 一三九六)

 

≪書き下し≫紫(むらさき)の名高(なたか)の浦(うら)のなのりその礒に靡(なび)かむ時待つ我(わ)れを

 

(訳)名高の浦に生えるなのりその磯に靡く時、その時をひたすら待っている私なのだよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)むらさきの【紫の】( 枕詞 ):①植物のムラサキで染めた色のにおう(=美シクカガヤク)ことから、「にほふ」にかかる。②ムラサキは染料として名高いことから、地名「名高(なたか)」にかかる。 ③ムラサキは濃く染まることから、「こ」にかかる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その765)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」