万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その794-17)―住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北―万葉集 巻六 九三二

●歌は、「白波の千重に来寄する住吉の岸の埴生にびほひて行かな」である。        

 

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住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑<角柱碑正面下部下段左端>(車持千年

●歌碑は、住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆白浪之 千重来縁流 住吉能 岸乃黄土粉 二寶比天由香名

               (車持千年 巻六 九三二)

 

≪書き下し≫白波の千重(ちへ)に来寄する住吉の岸の埴生(はにふ)ににほひて行かな

 

(訳)去りがたいけれども、白波の幾重にもうち寄せるこの住吉の埴土(はにつち)に、せめて衣を染めて立ち去ろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)はにふ【埴生】名詞:「埴(はに)」のある土地。また、「埴」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌は、題詞「車持朝臣千年作歌一首幷短歌<車持朝臣千年が作る歌一首幷せて短歌>」の短歌である。

 長歌もみてみよう。

 

 

◆鯨魚取 濱邊乎清三 打靡 生玉藻尓 朝名寸二 千重浪縁 夕菜寸二 五百重波因 邊津浪之 益敷布尓 月二異二 日日雖見 今耳二 秋足目八方 四良名美乃 五十開廻有 住吉能濱

               (車持千年 巻六 九三一)

 

≪書き下し≫鯨魚(いさな)取り 浜辺(はまへ)を清み うち靡き 生(お)ふる玉藻に 朝なぎに 千重(ちへ)波(なみ)寄せ 夕なぎに 五百重(いほへ)波(なみ)寄す 辺(へ)つ波の いやしくしくに 月に異(け)に 日に日に見とも 今のみに 飽き足(だ)らめやも 白波(しらなみ)の い咲(さ)き廻(めぐ)れる 住吉(すみのへ)の浜

 

(訳)浜辺が清らかなので、ゆらゆらと揺れて生い茂っている玉藻に、朝凪(あさなぎ)には千重(ちえ)に重なる波が寄せ、夕凪(ゆうなぎ)には五百重(いおえ)に重なる波が寄せる。この浜辺に朝夕寄せる波のようにたび重ねて、月ごと日ごとにいくら続けて見たとしても満足できるものではないのだから、まして見ている今だけでも見飽きることなどあるものか。白波の花が咲きめぐる、ここ住吉の浜は。(同上)

(注)いさなとり【鯨取り】分類枕詞:いさな(=くじら)を捕る所の意から、「海」「浜」などにかかる。(学研)

(注)いやしくしくに【弥頻く頻くに】副詞:ますますひんぱんに。いよいよしきりに。(学研)

(注)けなり【異なり】形容動詞:①(普通とは)違っている。変わっている。②一段とまさっている。特にすぐれている。 ※語法連用形「けに」の形で使われることが多い。(学研)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ※なりたち推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 

 ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その794-1)」から「同 794-17」まで、十七首紹介してきたが、一つの歌碑に十七首も刻まれた歌碑は、これまで見たことがなかった。

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住吉万葉歌碑説明案内プレート(角柱碑正面下部)

 あらためて、「住吉万葉歌碑」の説明文をみてみよう。

 「(前略)海浜の美しい景観と港の活況を誇ったこの住吉には、万葉人たちが、住吉大社参詣の任務を兼ねて度々訪れ、数多くの万葉歌を遺した。その中から17首を採録し、併せて万葉時代を推定する住吉地形図を刻した。」

 

十七首を列挙してみる。

住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ          多治比真人土作    19-4243

草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを    清江娘子               1-69

住吉の遠里小野の真榛もち摺れる衣の盛り過ぎゆく        作者未詳              7-1156

住吉の岸の松が根うちさらし寄せ来る波の音のさやけさ           作者未詳              1-1159

馬の歩み抑え留めよ住吉の岸の埴生ににほいて行かむ              安倍豊継              6-1002

住吉の浅沢小野のかきつはた衣に摺り付け着む日知らずも       作者未詳              7-1361

暇あらば拾ひに行かむ住吉の岸に寄るという恋忘れ貝              作者未詳              7-1147

住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君にあへるかも      作者未詳              10-1886

住吉の岸に田を墾り蒔きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも      作者未詳              10-2244

住吉の波豆麻の君が馬乗衣さひづらふ漢女を据ゑて縫へる衣ぞ作者未詳              7-1273

住吉の得名津に立ちて見渡せば武庫の泊りゆ出づる船人           高市黒人              3-283

茅渟みより雨ぞ降り来る四極の海人網干したり濡もあへむかも 守部王              6-999

住吉の小田を刈らす子奴かもなき奴あれど妹がみために私田刈る作者未詳          7-1275

夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな              弓削皇子              2-121

住吉の敷津の浦のなのりその名は告りてしを逢はなくもあやし  作者未詳          12-3076

住吉の出見の浜の柴刈りそね娘子らが赤裳の裾の濡れて行かむ見む  作者未詳     7-1274

白波の千重に来寄する住吉の岸の埴生にびほひて行かな            車持千年           6-932

 

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住吉万葉歌碑

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「住吉万葉歌碑」 (正面最下段説明案内文)