万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その826)―高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園―万葉集 巻十七 四〇〇〇

●歌は、「天離る 鄙に名懸かす 越の中 国内ことごと 山はしも しじにあれども 川はしも 多に行けども 統神の うしはきいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに よそのみも 振り放け見つつ 万代の 語らひくさと いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね」である。

 

f:id:tom101010:20201206164236j:plain

高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園にある、

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「立山賦一首并短歌  此山者有新河郡也」<立山(たちやま)の賦(ふ)一首幷(あは)せて短歌   この山は新川の郡に有り>である。

(注)立山富山県の東南部に聳える立山連峰越中国府から眺望できる。

(注)新川郡:越中の東半分を占める大郡。

 

◆安麻射可流 比奈尓名可加須 古思能奈可 久奴知許登其等 夜麻波之母 之自尓安礼登毛 加波ゝ之母 佐波尓由氣等毛 須賣加未能 宇之波伎伊麻須 尓比可波能 曽能多知夜麻尓 等許奈都尓 由伎布理之伎弖 於婆勢流 可多加比河波能 伎欲吉瀬尓 安佐欲比其等尓 多都奇利能 於毛比須疑米夜 安里我欲比 伊夜登之能播仁 余増能未母 布利佐氣見都ゝ 余呂豆餘能 可多良比具佐等 伊末太見奴 比等尓母都氣牟 於登能未毛 名能未母伎吉氐 登母之夫流我祢

               (大伴家持 巻十七 四〇〇〇)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る 鄙(ひな)に名(な)懸(か)かす 越(こし)の中(なか) 国内(くぬち)ことごと 山はしも しじにあれども 川はしも 多(さは)に行けども 統神(すめかみ)の うしはきいます 新川(にひかは)の その立山(たちやま)に 常夏(とこなつ)に 雪降り敷(し)きて 帯(お)ばせる 片貝川(かたかひがは)の 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに 立つ霧(きり)の 思ひ過ぎめや あり通(がよ)ひ いや年のはに よそのみも 振(ふ)り放(さ)け見つつ 万代(よろづよ)の 語(かた)らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告(つ)げむ 音(おと)のみも 名(な)のみも聞きて 羨(とも)しぶるがね

 

(訳)都遠い鄙の中でもとくに御名の聞こえた立山(たちやま)、この越の国の中には国の内至るところ、山はといへば山また山がしじに連なり、川はといえば川まら川がさわに流れているけれども、国の神が支配しておたれる、新川郡(にいかわこおり)のその名も高い立山には、夏も夏のまっ盛りだというのに雪がいっぱい降り積もっており、帯としてめぐらしておられる片貝川の清らかな瀬に、朝夕ごとに立ちこめている霧、その霧のように、この山への思いが消え去るなどということがあろうか。ずっと通い続けて次々と来る年来る年ごとに、遠くからなりとはるか振り仰いで眺めては、万代(よろずよ)の語りぐさとして、まだ見たことのない人にも語り告げよう。噂だけでも名だけでも聞いて羨ましがるように。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しも [連語]《副助詞「し」+係助詞「も」》名詞、副詞、活用語の連用形および連体形、助詞などに付く。:上の語を特に取り立てて強調する意を表す。それこそ…も。…もまあ。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)うしはく【領く】他動詞:支配する。領有する。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)片貝川立山の北、猫又山に発し、魚津で富山湾に注ぐ川

(注)よそ【余所】名詞:離れた所。別の所。(学研)

(注)ともしぶ【乏しぶ・羨しぶ】自動詞:うらやましく思う。「ともしむ」とも。(学研)

f:id:tom101010:20201206164400j:plain

立山の賦」解説案内碑

 

短歌二首の方もみてみよう。

 

◆多知夜麻尓 布里於家流由伎乎 登己奈都尓 見礼等母安可受 加武賀良奈良之

               (大伴家持 巻十七 四〇〇一)

 

≪書き下し≫立山(たちやま)に降り置ける雪を常夏(とこなつ)に見れども飽かず神(かむ)からならし

 

(訳)立山に白々と降り置いている雪、この雪は夏の真っ盛りの今、見ても見ても見飽きることがない。神の品格のせいであるらしい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)-から【柄】接尾語:名詞に付いて、そのものの本来持っている性質の意を表す。「国から」「山から」  ※参考後に「がら」とも。現在でも「家柄」「続柄(つづきがら)」「身柄」「時節柄」「場所柄」などと用いる。(学研)

 

 

◆可多加比能 可波能瀬伎欲久 由久美豆能 多由流許登奈久 安里我欲比見牟

               (大伴家持 巻十七 四〇〇二)

 

≪書き下し≫片貝(かたかひ)の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通(がよ)ひ見む

 

(訳)片貝の川瀬も清く流れ行く水のように、絶えることなく、ずっと通い続けてこの山を見よう。(同上)

 

 

 歌碑の場所を尋ねた時に、係りの人が「屋上庭園の立山の賦の歌碑があり、そのすぐそばに小さい歌碑があります」と教えていただいた。(HPでは自然庭園と書かれているが、この方がピンときた)

 ラウンジ横の扉から外に出て、池の飛石を踏み越え、登り坂を上がって行く。立山の賦の歌碑が左手に、その前方右手に四一五一歌の歌碑が建てられていた。

 

 高岡市万葉歴史館HPの「立山の賦」に、「富山県のシンボル「『立山連峰』に『立山』という独立峰は存在しません。

家持の詠んだ『タチヤマ』がいったいどの山を指すのか、古来幾つかの説が存在します.

歴史館の屋上から望む立山連峰は、『剣岳』が印象的なのですが、さて家持はどう思っていたのでしょうか。」

 

 この日は、あいにく曇り空で立山連峰は見えなかったが、空中の帯のように白く連峰の頂の雪の連続は「見れども飽かず」である。

 

f:id:tom101010:20201206164533j:plain

立山の賦」碑と屋上庭園からの眺望

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)

★「高山市万葉歴史館HP」