万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その827)―高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園―万葉集 巻十九 四一五一

●歌は、「今日のためと思ひて標めしあしひきの峰の上の桜かく咲きにけり」である。

 

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高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首」<三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首>である。

 

◆今日之為等 思標之 足引乃 峯上之櫻 如此開尓家里

              (大伴家持 巻十九 四一五一)

 

≪書き下し≫今日(けふ)のためと思ひて標(し)めしあしひきの峰(を)の上(うえ)の桜かく咲きにけり

 

(訳)今日の宴のためと思って私が特に押さえておいた山の峰の桜、その桜は、こんなに見事に咲きました。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しるす【標す】他動詞:目印とする。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

宴席から桜が見えるのでこのように詠ったのであろう。

題詞にある、四一五一から四一五三歌の三首にはすべて「今日(けふ)」が詠み込まれている。

他の二首もみてみよう。

 

◆奥山之 八峯乃海石榴 都婆良可尓 今日者久良佐祢 大夫之徒

               (大伴家持 巻十九 四一五二)

 

≪書き下し≫奥山の八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つばらかに今日は暮らさねますらをの伴(とも)

 

(訳)奥山のあちこちの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに心ゆくまで、今日一日は過ごしてください。お集まりのますらおたちよ。(同上)

(注)やつを【八つ峰】名詞:多くの峰。重なりあった山々。(学研)

(注)つばらかなり 「か」は接尾語>つばらなり【委曲なり】形容動詞:詳しい。十分だ。存分だ。(学研)

 

漢人毛 筏浮而 遊云 今日曽和我勢故 花縵世奈

              (大伴家持 巻十九 四一五三)

 

≪書き下し≫漢人(からひと)も筏(いかだ)浮かべて遊ぶといふ今日ぞ我が背子(せこ)花(はな)かづらせな

 

(訳)唐の国の人も筏を浮かべて遊ぶという今日この日なのです。さあ皆さん、花縵(はなかずら)をかざして楽しく遊ぼうではありませんか。(同上)

                           

巻十九の巻頭歌は、「春の園紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(おとめ)」(大伴家持 巻十九 四一三九)である。この題詞は、「天平勝宝(てんぴやうしようほう)二年の三月の一日の暮(ゆふへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺矚(なが)めて作る歌二首」である。そして上述の題詞「三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首」でもって、三月一日から三日の間に、十五首も作っているのである。

 

このような、気持ちが乗っている背景に、翌年には都に帰れるという気持ちと天平勝宝元年(749年)六月から同二年二月中旬の間のある時期に、妻が越中にやってきたことで心の充実感が相乗効果となって、「苦労や苦悩というものとは全く別の世界の美のピークを作り出した(犬養孝 著「万葉の人びと(新潮文庫)」と、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その819)」で書いているが、越中生活の中で、勉強した中国文学に感化された境地を開いた思いもあるように思える。

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 巻頭歌の「春の園紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(おとめ)」(四一三九歌)、「我が園の李(すもも)の花か庭に散るはだれのいまだ残りてあるかも」(四一四〇歌)は、「春苑、桃花、娘子」の配置は中国詩の影響と言われ、詩語「桃李」に導かれて「桃」み続けて「李」を詠んでいる。

 そして四一五三歌では、「漢人も・・・」と詠いだしている。越中生活で切り開いた境地の結晶が凝縮されていると言ったも過言ではあるまい。

 

 四一五一から四一五三歌の三首には、「今日」が詠み込まれている。都に帰れるという、希望に満ちた思い、しかし、都での藤原仲麻呂の台頭の情勢は、家持にも届いているはずである。今、今日のピーク感を感じ取っているので、「今日」を意識したのではないか。これから先、家持を待ち受けているのは「苦悩」である。今のある意味絶頂感に潜む逆の世界が、「今日」を意識付けしたのであろう。

 

 高岡市万葉歴史館の「屋上庭園」の「立山の賦」の小径をはさんだはすかいにこの歌碑が建てられているが、二つの碑の歌に、家持の境地が感じ取られるゾーンになっているように思えた。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「高岡市万葉歴史館HP」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)