万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その830)―高岡市万葉歴史館四季の庭(3)―万葉集 巻十九 四二〇七

●歌は、「・・・我が背子が垣内の谷に明けされば榛のさ枝に夕されば藤の茂みにはろはろに鳴くほととぎす・・・」である。

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万葉歴史館四季の庭(3)万葉歌碑(大伴家持



 

●歌碑(プレート)は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館四季の庭(3)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首幷短歌」<二十二日に、判官久米朝臣広縄に贈る霍公鳥を怨恨の歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

◆此間尓之氐 曽我比尓所見 和我勢故我 垣都能谿尓 安氣左礼婆 榛之狭枝尓 暮左礼婆 藤之繁美尓 遥ゝ尓 鳴霍公鳥 吾屋戸能 殖木橘 花尓知流 時乎麻太之美 伎奈加奈久 曽許波不怨 之可礼杼毛 谷可多頭伎氐 家居有 君之聞都ゝ 追氣奈久毛宇之

                (大伴家持 巻十九 四二〇七)

 

≪書き下し≫ここにして そがひに見ゆる 我が背子(せこ)が 垣内(かきつ)の谷に 明けされば 榛(はり)のさ枝(えだ)に 夕されば 藤(ふぢ)の茂(しげ)みに はろはろに 鳴くほととぎす 我がやとの 植木橘(うゑきたちばな) 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく そこは恨(うら)みず しかれども 谷片付(かたづ)きて 家(いへ)居(を)れる 君が聞きつつ 告(つ)げなくも憂(う)し

 

(訳)ここからはうしろの方に見える、あなたの屋敷内の谷間に、夜が明けてくると榛の木のさ枝で、夕暮れになると藤の花の茂みで、はるばると鳴く時鳥(ほととぎす)、その時鳥が、我が家の庭の植木の橘はまだ花が咲いて散る時にならないので、来て鳴いてはくれない、が、そのことは恨めしいとは思わない。しかしながら、その谷の傍らに家を構えてお住まいの君が、時鳥の声を聞いていながら、報せてもくれないのはひどいではないか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ここ:家持の館をさす

(注)そがひ【背向】名詞:背後。後ろの方角。後方。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かきつ【垣内】《「かきうち」の音変化か》:垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。(weblio辞書 デジタル大辞泉) >>>「垣内の谷」広縄の館が、時鳥の鳴く谷に近かったので、このように言ったのである。

(注)はろばろ【遥遥】[副]《古くは「はろはろ」》:「はるばる」に同じ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(訳)かたつく【片付く】自動詞:一方に片寄って付く。一方に接する。(学研)

 

反歌の方もみてみよう。

 

◆吾幾許 麻氐騰来不鳴 霍公鳥 比等里聞都追 不告君可母

               (大伴家持 巻十九 四二〇八)

 

≪書き下し≫我がここだ待てど来鳴かぬほととぎすひとり聞きつつ告(つ)げぬ君かも

 

(訳)私がこんなに待っても来て鳴こうとしない時鳥、その時鳥の声をひとり占めしながら、告げてくれないんだね、君は。(同上)

(注)ここだ【幾許】副詞:①こんなにもたくさん。こうも甚だしく。▽数・量の多いようす。②たいへんに。たいそう。▽程度の甚だしいようす。 ※上代語。(学研)

 

 このような家持のコンプレインに対し、広縄は次のように家持の歌の文言を使いながら応えているのである。

 

題詞は、「詠霍公鳥歌一首幷短歌」<霍公鳥を詠む歌一首幷せて短歌>である。

 

◆多尓知可久 伊敝波乎礼騰母 許太加久氐 佐刀波安礼騰母 保登等藝須 伊麻太伎奈加受 奈久許恵乎 伎可麻久保理登 安志多尓波 可度尓伊氐多知 由布敝尓波 多尓乎美和多之 古布礼騰毛 比等己恵太尓母 伊麻太伎己要受

               (久米広縄 巻十九 四二〇九)

 

≪書き下し≫谷近く 家は居(を)れども 木(こ)高(だか)くて 里はあれども ほととぎす いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまく欲(ほ)りと 朝(あした)には 門(かど)に出(い)で立ち 夕(ゆうへ)には 谷を見わたし 恋ふれども 一声(ひとこえ)だにも いまだ聞こえず

 

(訳)たしかに住む家は谷近くに構えておりますけれども、たしかに住む里は木立が高々と茂っておりますけれども、時鳥はいまだに来て鳴きません。私の方も、鳴く声をぜひ聞きたいものだと、朝方には門口に出で立ち、夕方には谷を見わたしては、恋い焦がれているのでありますけれども、ただの一声さえもいまだに聞こえないのです。(同上)

(注)まく:…だろうこと。…(し)ようとすること。 ※派生語。 語法活用語の未然形に付く。 なりたち推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」(学研)

 

短歌もみてみよう。

 

◆敷治奈美乃 志氣里波須疑奴 安志比紀乃 夜麻保登等藝須 奈騰可伎奈賀奴

               (久米広縄 巻十九 四二一〇)

 

≪書き下し≫藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山ほととぎすなどか来鳴かぬ

 

(訳)藤の花の盛りはもう過ぎてしまった。なのに、山の時鳥よ、お前はどうしてここへ来て鳴かないのか。(同上)

(注)などか 副詞:①〔多く下に打消の語を伴って〕どうして…か。なぜ…か。▽疑問の意を表す。②〔多く下に打消の語を伴って〕どうして…か、いや、…ない。▽反語の意を表す。 ※副詞「など」に係助詞「か」が付いて一語化したもの。 語法「などか」は疑問の副詞であり、係助詞「か」を含むため、文末の活用語は連体形で結ぶ。(学研)

 

左注は「右廿三日掾久米朝臣広縄和」<右は、二十三日に掾(じよう)久米朝臣広縄(くめのあそみひろつな)和(こた)ふ>である。

(注)掾(読み)ジョウ : 律令制で、国司の第三等官。→判官(じょう) (コトバンクデジタル大辞泉

 

今でいえば、上司の家持のパワハラもどき二十二日の歌に対して、広縄は、翌二十三日に「お言葉ですが、何々につきましては、私はこう思います」といった感じで、真正面から生真面目に答えている歌が微笑ましく思えてくる。お互いの信頼関係があるからこその歌のやりとりである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「高岡市万葉歴史館HP」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)