万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その834)―高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館(7)―万葉集 巻十八 四一〇九

●歌は、「紅はうつろふものぞ橡のなれにし衣になほしかめやも」である。

 

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高岡市万葉歴史館(7)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑(プレート)は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館(7)にある。

 

●歌をみていこう。

題詞は、「教喩史生尾張少咋歌一首并短歌」<史生(ししやう)尾張少咋(をはりのをくひ)を教へ喩(さと)す歌一首 并(あは)せて短歌>である。

 

この歌を含む、四一〇六から四一〇九歌すべては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その123改)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

◆久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

               (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え

(注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 左注は、「右五月十五日守大伴宿祢家持作之」<右は、五月の十五日に、守(かみ)大伴宿禰家持作る>である。

 

 これほど「教へ喩(さと)す」説得力のある歌はあろうか。

 

 十七日にも反歌を作っているので、こちらもみてみよう。

 

 題詞は、「先妻不待夫君之喚使自来時作歌一首」<先妻、夫君(せのきみ)の喚(よ)使(つかひ)を待たずして自(みづか)ら来(きた)る時に、作る歌一首>である。

 

左注は、「同月十七日大伴宿祢家持作之」<同じき月の十七日、大伴宿禰家持作る>である。

 

◆左夫流兒我 伊都伎之等乃尓 須受可氣奴 波由麻久太礼利 佐刀毛等騰呂尓

               (大伴家持 巻十八 四一一〇)

 

≪書き下し≫佐夫流子(さぶるこ)が斎(いつ)きし殿(との)に鈴懸(すずか)けぬ駅馬(はゆま)下(くだ)れり里もとどろに

 

(訳)佐夫流子がたいせつにお仕えしていた御殿に、駅鈴(すず)も付けない早馬が下って来た。里中鳴り響くばかりに息せききって。(同上)

(注)佐夫流:遊行女婦の字(あざな)

(注)いつく【斎く】自動詞:けがれを除き、身を清めて神に仕える。大切に祭る。大切に祭っている。(学研)

(注)はゆま【駅・駅馬】名詞:奈良時代、旅行者のために街道の駅に備えてあった馬。公用の場合は駅鈴をつけた。伝馬(てんま)。 ※「はやうま(早馬)」の変化した語。(学研)

(注)とどろ(に・と)【轟(に・と)】副詞:どうどう。ごうごう。▽大きな音が鳴り響くさま。(学研)

 

 上二句の「佐夫流子(さぶるこ)が斎(いつ)きし殿(との)に」には、佐夫流子が尾張少咋(をはりのをくひ)の邸で家刀自よろしく振る舞っている姿をからかう気持ちで詠っている。また、下三句では、妻の私用の早馬は鈴をつけないのであるが、「里もとどろに」と逆説的に詠っている。

 上司である家持の部下への厳しい態度がにじみ出ている。同時に、妻の気持ちを代弁したかのような四一一〇歌の家持が佐夫流子に対して、憎しみに近い思いを持っているように感じられる。部下を駄目にし、その家庭を崩壊させた諸悪の根源は佐夫流子にあると、言いきっているようなものである。

 

 歌碑(プレート)の歌のように「橡」を古女房に喩えている気持の裏には、「紅」のように、華美な服装よりを着た佐夫流子よりも、古女房の方がはまっている、お前には「着易い=気安い」と諭してい。「橡」には、身分相応、馴れ親しみやすい女といった譬えが込められている。

 橡染の服は、家人(けにん:家族特に妻)とか奴婢(ぬひ)といった身分の低い者が着る服とされているが、「家族同様に共に生活する者」を前提に考えた方がしっくりいく感じがする。

 

 この件とは、直接関係がないが、もう一首みてみよう。

 

◆橡 衣人皆 事無跡 日師時従 欲服所念

               (作者未詳 巻七 一三一一)

 

≪書き下し≫橡(つるはみ)の衣(きぬ)は人皆(ひとみな)事なしと言うひし時より着(き)欲(ほ)しく思ほゆ

 

(訳)橡染(つるばみぞ)めの着物は、世間の人の誰にも無難に着こなせると言うのを聞いてからというもの、ぜひ着てみたいと思っている。(伊藤 二)

 

身分の違いを超えた、気安い(着やすい)女性を妻にしたいと願っていると解釈するほうが落ち着く。身分の低さを前に出し過ぎると男女間の問題を意識せずにすむといった感じになってしまうように思うが・・・。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)