―その850―
●歌は、「言とはぬ木すらあぢさゐ諸弟らが練りにむらとにあざむかえけり」である。
●歌をみていこう。
この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その264)」で紹介している。
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◆事不問 木尚味狭藍 諸弟等之 練乃村戸二 所詐来
(大伴家持 巻四 七七三)
≪書き下し≫言(こと)」とはぬ木すらあぢさゐ諸弟(もろと)らが練(ね)りのむらとにあざむかえけり
(訳)口のきけない木にさえも、あじさいのように色の変わる信用のおけないやつがある。まして口八丁の諸弟らの練りに練った託宣(たくせん)の数々にのせられてしまったのはやむえないことだわい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)あぢさゐ:あじさいのように色の変わる信用のおけないものがある
(注)諸弟:使者の名か
(注)練のむらと:練に練った荘重な言葉の意か。「むらと」は「群詞」か。
七七三歌は、大伴家持が久邇の京より坂上大嬢に贈った五首のうちの一首である。
―その851―
●歌は、「 磯の上のつままを見れば根を延へて年深くあらし神さびにけり」である。
●歌をみていこう。
この歌については、直近ではブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その838)」で紹介している。
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◆礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神佐備尓家里
(大伴家持 巻十九 四一五九)
≪書き下し≫磯(いそ)の上(うへ)のつままを見れば根を延(は)へて年深くあらし神(かむ)さびにけり
(訳)海辺の岩の上に立つつままを見ると、根をがっちり張って、見るからに年を重ねている。何という神々しさであることか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)としふかし【年深し】( 形ク ):何年も経っている。年老いている。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)
(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ※なりたち ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
標題は、「季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌」<季春三月の九日に、出擧(すいこ)の政(まつりごと)に擬(あた)りて、古江の村(ふるえのむら)に行く道の上にして、物花(ぶつくわ)を属目(しょくもく)する詠(うた)、并(あは)せて興(きよう)の中(うち)に作る歌>である。
題詞は、「過澁谿埼見巌上樹歌一首 樹名都萬麻」<澁谿(しぶたに)の埼(さき)を過ぎて、巌(いはほ)の上(うへ)の樹(き)を見る歌一首 樹の名はつまま>である。
―その852―
●歌は、「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに」である。
●歌をみていこう。
この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その173)」で紹介している。
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◆磯之於尓 生流馬酔木乎 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓
(大伯皇女 巻二 一六六)
≪書き下し≫磯(いそ)の上(うえ)に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たを)らめど見(み)すべき君が在りと言はなくに
(訳)岩のあたりに生い茂る馬酔木の枝を手折(たお)りたいと思うけれども。これを見せることのできる君がこの世にいるとは、誰も言ってくれないではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
大津皇子が二上山(奈良・大阪)に移葬されたときに詠ったとされる歌であるので、二上山が縁で、ここ二上山まなび交流館に歌碑(プレート)が建てられたのだろう。
万葉集で馬酔木が詠われている歌は十首収録されている。この歌を含めすべて、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その204)」で紹介している。
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―その853―
●歌は、「もののふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花」である。
●歌をみていこう。
この歌については、直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その823)」で紹介している。
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◆物部乃 八十▼嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花
(大伴家持 巻十九 四一四三)
※▼は「女偏に感」⇒「▼嬬」で「をとめ」
≪書き下し≫もののふの八十(やそ)娘子(をとめ)らが汲(う)み乱(まが)ふ寺井(てらゐ)の上の堅香子(かたかご)の花
(訳)たくさんの娘子(おとめ)たちが、さざめき入り乱れて水を汲む寺井、その寺井のほとりに群がり咲く堅香子(かたかご)の花よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)もののふの【武士の】分類枕詞:「もののふ」の「氏(うぢ)」の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
今年3月に閉館が決まり、備品や機材等の整理等でバタバタされている中を、庭まで案内していただき、歌碑群を見ることができた。
中央の立派な歌碑や、庭のあちこちにある歌碑(プレート)はどうなるんだろうと思いながら、しっかり写真に収めさせていただいた。
現地に来て閉館を知り、半ば諦めかけていたのであったが、ありがたいことである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)