万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その856)―旧二上まなび交流館―万葉集 巻十九 四一九二、四一九三

●歌は、「桃の花紅色ににほひたる面輪のうちに青柳の細き眉根を笑み曲がり・・・」と「ほととぎす鳴く羽触れにも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花」である。

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二上まなび交流館万葉歌碑(大伴家持


 

●歌碑は、高岡市二上鳥越 旧二上まなび交流館にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「詠霍公鳥并藤花一首幷短歌」<霍公鳥(ほととぎす)幷(あは)せて藤の花を詠(よ)む一首并せて短歌>である。

 

◆桃花 紅色尓 ゝ保比多流 面輪乃宇知尓 青柳乃 細眉根乎 咲麻我理 朝影見都追 ▼嬬良我 手尓取持有 真鏡 盖上山尓 許能久礼乃 繁谿邊乎 呼等余米 旦飛渡 暮月夜 可蘇氣伎野邊 遥ゝ尓 喧霍公鳥 立久久等 羽觸尓知良須 藤浪乃 花奈都可之美 引攀而 袖尓古伎礼都 染婆染等母

               (大伴家持 巻十九 四一九二)

   ▼「『女+感」+嬬」=をとめ

 

≪書き下し≫桃の花 紅(くれなゐ)色(いろ)に にほひたる 面輪(おもわ)のうちに 青柳(あをやぎ)の 細き眉根(まよね)を 笑(ゑ)み曲(ま)がり 朝影見つつ 娘子(をとめ)らが 手に取り持てる まそ鏡 二上山(ふたがみやま)に 木(こ)の暗(くれ)の 茂き谷辺(たにへ)を 呼び響(とよ)め 朝飛び渡り 夕月夜(ゆふづくよ) かそけき野辺(のへ)に はろはろに 鳴くほととぎす 立ち潜(く)くと 羽触(はぶ)れに散らす 藤波(ふぢなみ)の 花なつかしみ 引き攀(よ)ぢて 袖(そで)に扱入(こき)れつ 染(し)まば染(し)むとも

 

(訳)桃の花、その紅色(くれないいろ)に輝いている面(おもて)の中で、ひときは目立つ青柳の葉のような細い眉、その眉がゆがむほどに笑みこぼれて、朝の姿を映して見ながら、娘子が手に掲げ持っている真澄みの鏡の蓋(ふた)ではないが、その二上山(ふたがみやま)に、木(こ)の下闇の茂る谷辺一帯を鳴きとよもして朝飛び渡り、夕月の光かすかな野辺に、はるばると鳴く時鳥、その時鳥が翔けくぐって、羽触(はぶ)れに散らす藤の花がいとおしくて、引き寄せて袖にしごき入れた。色が染みつくなら染みついてもかまわないと思って。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「桃の花・・・まそ鏡」の箇所が序で、「二上山」を起こす。

(注)ゑみまぐ【笑み曲ぐ】自動詞:うれしくて笑いがこぼれる。(口や眉(まゆ)が)曲がるほど相好(そうごう)を崩す。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)まそかがみ【真澄鏡】名詞:「ますかがみ」に同じ。 ※「まそみかがみ」の変化した語。上代語。 >ますかがみ【真澄鏡】名詞:よく澄んで、くもりのない鏡。

(注)まそかがみ【真澄鏡】分類枕詞:鏡の性質・使い方などから、「見る」「清し」「照る」「磨(と)ぐ」「掛く」「向かふ」「蓋(ふた)」「床(とこ)」「面影(おもかげ)」「影」などに、「見る」ことから「み」を含む地名「敏馬(みぬめ)」「南淵山(みなぶちやま)」にかかる。

(注)かそけし【幽けし】形容詞:かすかだ。ほのかだ。▽程度・状況を表す語であるが、美的なものについて用いる。(学研) ⇒家持のみが用いた語

(注)はろばろなり【遥遥なり】形容動詞:遠く隔たっている。「はろはろなり」とも。 ※上代語。(学研) ⇒こちらは、家持が好んだ語

(注)たちくく【立ち潜く】自動詞:(間を)くぐって行く。 ※「たち」は接頭語。(学研)

 

 冒頭の序の部分は、巻十九の巻頭歌(四一三九歌)「春の園紅ひほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子」を意識している。

 

 

●短歌の方をみてみよう。

 

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側面の四一九三歌(大伴家持

◆霍公鳥 鳴羽觸尓毛 落尓家利 盛過良志 藤奈美能花  <一云 落奴倍美 袖尓古伎納都 藤浪乃花也>

                 (大伴家持 巻十九 四一九三)

 

≪書き下し≫ほととぎす鳴く羽触れにも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花  <一には「散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花」といふ>

 

(訳)時鳥が鳴き翔ける羽触れにさえ、ほろほろと散ってしまうよ。もう盛りは過ぎているらしい、藤波の花は。<今にも散りそうなので、袖にしごき入れた、藤の花を>(同上)

 

左注は、「同九日作之」<同じき九日に作る>である。

  

  

 「鳴く羽触れにも散りにけり・・・藤波の花」、大画面で、スローモーションの鮮やかな画像を観ている感じである。たった十二文字で、時空を超えた情景が目の前に映し出されるのである

 

 旧二上山まなび交流館の庭には、六つのプレート状の歌碑とこの歌碑がある。

 最初見た時、庭のほぼ中央にある、巨大な何かの石碑という印象であった。六つの歌碑との落差に歌碑と認識していなかった。六つの歌碑を見終わって辺りを見わたすが、歌碑らしいものが見当たらない。この石碑を裏から見ているのでなおさらであった。 

まさかと思いながら、正面から見直して、改めて立派な歌碑であると認識したのである。

まなび交流館といった施設とかけ離れた存在に信じられない思いであった。(失礼)

四一九三歌は、側面に彫られていた。

 

 お忙しくされているのに、庭の歌碑の見学をお許しいただき申し訳ない思いで、感謝の気持ちと何とも言えない寂しさを感じた。

 

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閉館感謝の垂れ幕

 車のところに戻り、自然に深々と頭を下げた。

 

車に乗り込み次の目的地、高岡市野村 いわせ野郵便局へ向かった。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)