万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その858,859)―高岡市下関町 JR高岡駅前広場、高岡市和田上北島 荊波神社―万葉集 巻十九 四一四三、巻十八 四一三八

―その858-

●歌は、「もののふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花」である。

 

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JR高岡駅前広場万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市下関町 JR高岡駅前広場にある。

 

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家持と乙女二人のブロンズ像

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その823)」他で紹介している。

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◆物部乃 八十▼嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花

              (大伴家持 巻十九 四一四三)

     ※▼は「女偏に感」⇒「▼嬬」で「をとめ」

 

≪書き下し≫もののふの八十(やそ)娘子(をとめ)らが汲(う)み乱(まが)ふ寺井(てらゐ)の上の堅香子(かたかご)の花

 

(訳)たくさんの娘子(おとめ)たちが、さざめき入り乱れて水を汲む寺井、その寺井のほとりに群がり咲く堅香子(かたかご)の花よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)もののふの【武士の】分類枕詞:「もののふ」の「氏(うぢ)」の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

 高岡いわせ野郵便局の次は、高岡駅である。

 北口駅前広場に、「大伴家持と乙女二人」のブロンズ像が建てられており、台座に歌碑(プレート)があった。

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万葉線の電車

 すぐ側を、万葉線の電車がゆっくりと進んでいく。ゆったりとした気分に。

 高岡駅は、高架駅になっている。2階のコンビニで、ドライブ中の眠気覚ましのするめやお菓子などを買うために立ち寄る。ゴーツートラベルを利用しているので、キャンペーンクーポンを使おうとしたが、なんとここでは取り扱っていないとのこと。クーポンを使うのも骨が折れる。

 次は、荊波神社である。

 

 

 

―その859―

●歌は、「藪波の里に宿借り春雨に隠りつつむと妹に告げめや」である。

 

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荊波神社万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市和田上北島 荊波神社にある。

 

●歌をみていこう。

 この歌は、巻十八の巻末歌である。

 

 題詞は、「縁檢察墾田地事宿礪波郡主帳多治比部北里之家 于時忽起風雨不得辞去作歌一首」<墾田地(こんでんぢ)を検察する事によりて、礪波(となみ)の郡(こほり)主帳(しゆちやう)多治比部北里(たぢひべのきたさと)が家に宿る。時に、たちまちに風雨起(おこ)り、辞去すること得ずして作る歌一首>である

(注)こんでん【墾田】:律令制下、新たに開墾した田。朝廷が公民を使役して開墾した公墾田と、有力社寺や貴族・地方豪族が開墾した私墾田がある。はりた。(weblio辞書 デジタル大辞泉) ここでは庶民の開墾した土地。

(注)主帳:郡の四等官。公文に関する記録等をつかさどる。

 

 

◆夜夫奈美能 佐刀尓夜度可里 波流佐米尓 許母理都追牟等 伊母尓都宜都夜

               (大伴家持 巻十八 四一三八)

 

≪書き下し≫薮波(やぶなみ)の里に宿(やど)借り春雨(はるさめ)に隠(こも)りつつむと妹(いも)に告(つ)げつや

 

(訳)薮波の里で宿を借りた上に、春雨に降りこめられていると、我がいとしき人に知らせてくれましたか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)や 係助詞 《接続》種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く。:文末にある場合。

①〔疑問〕…か。②〔問いかけ〕…か。③〔反語〕…(だろう)か、いや、…ない。:。

weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) ここでは②の意

 

左注は、「二月十八日守大伴宿祢家持作」<二月の十八日に、守大伴宿禰家持作る>である。

 

 この歌の「妹」は家持の妻、坂上大嬢のことである。

 天平勝宝元年(749年)七夕以降十一月十一日まで四か月間の歌は収録されていない。この間、家持は、大帳使として都に上って、大嬢を伴って帰任したと考えられている。

 

 この歌は、巻十八の巻末歌であるが、続く巻十九の巻頭歌、四一三九歌から四一五三歌までの十五首は、天平勝宝二年三月一日から三日までの三日間で作っている。

新しい境地の歌を華麗な色彩を帯びたように明るく詠っていることに関して、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その819)」で、この時期に、家持の妻の坂上大嬢が越中に来たのではないか、さらに、翌年には都に帰れるという気持ちの充実感が相乗効果となっていることを書いている。

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荊波神社名碑

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荊波神社鳥居と参道

 

 

 家持が、妻坂上大嬢の実家(母は坂上郎女)に、大嬢が下向していることも踏まえて、贈った歌をみてみよう。

 

 題詞は、「為家婦贈在京尊母所誂作歌一首幷短歌」<家婦(かふ)の、京に在(いま)す尊母(そんぼ)に贈るために、誂(あとら)へらえて作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)家婦:名〙 家の妻。また、自分の妻。家の中の仕事をする女の意でいう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典) ここでは坂上大嬢のこと

(注)尊母:ここでは、坂上郎女のこと

(注)あとらふ 【誂ふ】他動詞:頼んで自分の思いどおりにさせる。誘う。(学研)

 

 

◆霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花橘乃 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須家久奈久尓 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美   <御面謂之美於毛和>

               (大伴家持 巻十九 四一六九)

 

≪書き下し≫ほととぎす 来鳴く五月(さつき)に 咲きにほふ 花橘(はなたちばな)の かぐはしき 親の御言(みこと) 朝夕(あさよひ)に 聞かぬ日まねく 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にし居(を)れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けくなくに 思ふそら 苦しきものを 奈呉(なご)の海人(あま)の 潜(かづ)き取るといふ 白玉(しらたま)の 見が欲(ほ)し御面(みおもわ) 直(ただ)向(むか)ひ 見む時までは 松柏(まつかへ)の 栄(さか)えいまさね 貴(たふと)き我(あ)が君   <御面、みおもわといふ>

 

(訳)時鳥が来て鳴く五月に咲き薫(かお)る花橘のように、かぐわしい母上様のお言葉、そのお声を朝に夕に聞かぬ日が積もるばかりで、都遠く離れたこんな鄙の地に住んでいるので、累々と重なる山の尾根に立つ雲、その雲を遠くから見やるばかりで、嘆く心は休まる暇もなく、思う心は苦しくてなりません。奈呉の海人(あま)がもぐって採るという真珠のように、見たい見たいと思う御面(みおも)、そのお顔を目(ま)の当たりに見るその時までは、どうか常盤(ときわ)の松や柏(かしわ)のように、お変わりなく元気でいらして下さい。尊い我が母君様。<御面は「みおもわ」と訓みます>

(注)たをり【撓り】名詞:「たわ」に同じ。<たわ【撓】名詞:山の尾根の、くぼんで低くなっている部分。鞍部(あんぶ)。「たをり」とも。(学研)

(注)そら【空】名詞:気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。(学研)

(注)まつかへの【松柏の】[枕]:松・カシワが常緑で樹齢久しいところから、「栄ゆ」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)貴き我が君:親や主君等を親しみ尊んで呼ぶ慣用表現。

 

反歌一首」もみてみよう、

 

◆白玉之 見我保之君乎 不見久尓 夷尓之乎礼婆 伊家流等毛奈之

               (大伴家持 巻十九 四一七〇)

 

≪書き下し≫白玉の見が欲し君を見ず久(ひさ)に鄙(ひな)にし居(を)れば生けるともなし

 

(訳)真珠のようにいつも見たくてならない懐かしい母君様なのに、お逢いすることもなく長いことこんな鄙の地のおりますと、生きた心地もいたしません。(同上)

(注)生るともなし:(「いけ」は四段動詞「いく(生)」の命令形、「と」は、しっかりした気持の意の名詞) 生きているというしっかりした気持がない。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

 神社の前の通りから立山連峰の雪が望めた。

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立山連峰の雪遠望

 本日の予定はここで終わり、ホテルに戻ることにした。越中万葉満喫の一日であった。

 

 

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神社由来説明案内板

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)