万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その860,861,862)―射水市桜町 高周波文化ホール(新湊中央文化会館)前大石川沿い、射水市八幡町 放生津八幡宮、射水市立町 大楽寺―万葉集 巻十七 四〇一八、巻十七 四〇一七

―その860―

●歌は、「港風寒く吹くらし奈呉の江に妻呼び交し鶴多に鳴く」である。

 

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高周波文化ホール(新湊中央文化会館)前大石川沿い万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、射水市桜町 高周波文化ホール(新湊中央文化会館)前大石川沿いにある。

 

●歌をみていこう。

 

◆美奈刀可是 佐牟久布久良之 奈呉乃江尓 都麻欲妣可波之 多豆左波尓奈久 <一云 多豆佐和久奈里>

               (大伴家持 巻十七 四〇一八)

 

≪書き下し≫港風(みなとかぜ)寒く吹くらし奈呉の江に妻呼び交(かは)し鶴(たづ)多(さは)に鳴く <一には「鶴騒くなり」といふ>

 

(訳)川口の風が寒々と吹くらしい。奈呉の入江では、連れ合いを呼び合って、鶴がたくさん鳴いている。<鶴の鳴き立てる声がする>(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)みなとかぜ【港風】:河口または港のあたりに吹く風。(goo辞書)

 

 二泊三日の越中万葉歌碑めぐりの最終日である。

高周波文化ホール➡放生津八幡宮➡大楽寺➡奈呉の浦大橋➡つまま公園➡道の駅「雨晴」と計画をたてる。帰宅するには、高速で約六時間は必須で休憩時間等を考えるとこれでもぎりぎりである。

 

歌碑は、新湊小学校のグランドと文化ホールの間の大石川沿い(小学校側)である。

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歌碑と歌の解説案内碑

 

 

 

―その861―

●歌は、「あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ」である。

 

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放生津八幡宮万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、射水市八幡町 放生津八幡宮にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆東風<越俗語東風謂之安由乃可是也> 伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫祢 許藝可久流見由

                (大伴家持 巻十七 四〇一七)

 

≪書き下し≫あゆの風(かぜ)<越の俗の語には東風をあゆのかぜといふ> いたく吹くらし奈呉(なご)の海人(あま)の釣(つり)する小舟(おぶね)漕(こ)ぎ隠(かく)る見(み)ゆ

 

(訳)東風(あゆのかぜ)<越(こし)の土地言葉で、東風を「あゆの風」という>が激しく吹くらしい。奈呉の海人(あま)たちの釣する舟が、今まさに浦風(うらかぜ)に漕ぎ隠れて行く。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あゆ【東風】名詞:東風(ひがしかぜ)。「あゆのかぜ」とも。 ※上代の北陸方言。(学研)

 

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鳥居と社殿

 放生津八幡宮の裏は、富山湾であり、北西方向に奈呉の浦がある。

 

とやま観光ナビ(富山県観光公式サイト)によると。放生津八幡宮は、大伴宿祢家持が越中の国守として赴任した際、奈古之浦の風光明媚な景色に魅せられ、豊前の国(現在の北九州から大分北部)から宇佐八幡神を勧請して、奈呉八幡宮と称されたのが創始であると言われている。

 なんと、家持は、越中時代は神社まで創始しているのである。

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八幡宮説明案内板


 

放生津八幡宮の拝殿には、一対の木彫りの大きな狛犬が安置されていた。(江戸時代末期から明治時代初期に活躍した法土寺村<現在の射水市>出身の矢野啓通<やの たかみち>が製作)

 

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木彫りの狛犬

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木彫りの狛犬

 

 

ちょうど、歌碑周辺の樹木の雪対策がなされているところであった。

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松の雪対策


 

 

―その862―

●歌は、「あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ」である。

 

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大楽寺万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、射水市立町 大楽寺にある。

 

●この歌は、前稿(その860)と同じ歌である。

 

大楽寺についていろいろと検索したが、万葉集との接点は見いだせなかった。

 

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大楽寺

 

 

 

 「あゆの風」を詠んでいるのは、万葉集には四首収録されている。すべて家持の歌である。四〇一七歌以外の三首をみてみよう。

 

 

◆・・・安由能加是 伊多久之布氣婆 美奈刀尓波 之良奈美多可弥 都麻欲夫等 須騰理波佐和久 ・・・

               (大伴家持 巻十七 四〇〇六)

 

≪書き下し≫・・・東(あゆの)風 いたくし吹けば 港(みなと)には 白波(しらなみ)高み 妻呼ぶと 渚鳥(すどり)は騒(さわ)く ・・・

 

(訳)・・・海の方からあゆの風が激しく吹きつけるので、河口には白波が高く立って連れ合いを呼ぶとて洲鳥(すどり)は鳴き騒いでいるし、・・・「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)すどり【州鳥/×渚鳥】: 州(す)にいる鳥。シギ・チドリなど。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この四〇〇六歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その835)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

◆安乎能宇良尓 餘須流之良奈美 伊夜末之尓 多知之伎与世久 安由乎伊多美可聞

               (大伴家持 巻十八 四〇九三)

 

≪書き下し≫英遠(あを)の浦に寄する白波いや増しに立ちしき寄せ来(く)東風(あゆ)をいたみかも

 

(訳)英遠の浦にうち寄せる白波、この白波は、いよいよ立ち増さって、あとからあとから寄せてくる。東風(あゆのかぜ)が激しいからであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)英遠の浦:氷見市の北端、阿尾の海岸。

(注)あゆ【東風】名詞:東風(ひがしかぜ)。「あゆのかぜ」とも。 ※上代の北陸方言。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この四〇九三歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その808)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

◆安由乎疾 奈呉乃浦廻尓 与須流浪 伊夜千重之伎尓 戀度可母 

                (大伴家持 巻十九 四二三一)

 

≪書き下し≫東風(あゆ)をいたみ奈呉(なご)の浦廻(うらみ)に寄する波いや千重(ちへ)しきに恋ひわたるかも

 

(訳)東風(あゆ)の風が激しく吹いて、奈呉の浦辺に幾重にも打ち寄せる波、その波のように、いよいよしきりに恋しく思いつづけています。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

 

四〇一七から四〇二〇歌の左注は、「右四首天平廿年春正月廿九日大伴宿祢家持」<右の四首は、天平二十年の春の正月の二十九日、大伴宿禰家持>である。

 

四〇一九、四〇二〇歌をみてみよう。

 

◆安麻射可流 比奈等毛之流久 許己太久母 之氣伎孤悲可毛 奈具流日毛奈久

        (大伴家持 巻十七 四〇一九)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る鄙(ひな)ともしるくここだくも繁(しげ)き恋かもなぐる日もなく

 

(訳)遠く都離れた鄙の地というのもなるほどそのとおりで、こんなにもつのる都恋しさよ。奈呉(なご)というのに心なごむ日とてなく。(同上)

(注)もしるく【も著く】分類連語:予想どおりで。まさにそのとおりで。(学研)

(注)ここだく【幾許】副詞:「ここだ」に同じ。 ※上代語。 <ここだ【幾許】副詞

:①こんなにもたくさん。こうも甚だしく。▽数・量の多いようす。②たいへんに。たいそう。▽程度の甚だしいようす。(学研) ここでは②の意

(注)なぐる日もなく:心静まる日とてなく。

 

 

◆故之能宇美能 信濃(濱名也)乃波麻乎 由伎久良之 奈我伎波流比毛 和須礼弖於毛倍也

       (大伴家持 巻十七 四〇二〇)

 

≪書き下し≫越(こし)の海の信濃(しなの)<浜の名なり>の浜を行き暮(く)らし長き春日(はるひ)も忘れて思へや

 

(訳)越の海の信濃<浜の名である>の浜を、一日中歩き続けたが、こんなに長い春の一日でさえ、片時も妻のことを忘れてしまったりするものか。

(注)信濃の浜:高岡市伏木あたりの海岸か。

 

ゴーツークーポンもなんとか道の駅で使い切ることができた。

あわただしくも、充実した二泊三日の越中万葉歌碑めぐりであった。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)

★「いこまいけ高岡」

★「とやま観光ナビ」 (富山県観光公式サイト)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」