―その879―
●歌は、「豊国の企救の長浜行き暮らし日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ」である。
●歌をみていこう。
◆豊國乃 聞之長濱 去晩 日之昏去者 妹食序念
(作者未詳 巻十二 三二一九)
≪書き下し≫豊国(とよくに)の企救(きく)の長浜(ながはま)行き暮らし日の暮れゆけば妹(いも)をしぞ思ふ
(訳)豊国の企救の長浜、この長々と続く浜を日がな一日歩き続けて、日も暮れ方になってゆくので、あの子のことが思われてならない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)企救:北九州市周防灘沿岸の旧郡名。
(注)ゆきくらす【行き暮らす】他動詞:日が暮れるまで歩き続ける。一日じゅう歩く。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典
―その880―
●歌は、「豊国の企救の長浜行き暮らし日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ」である。
●貴布祢神社鳥居横の「企救の長浜」説明案内板(北九州市教育委員会)に、三二一九、三二二〇歌が記されている。三二一九歌は、「その879」で紹介しているので、ここでは三二二〇歌をみてみる。
●歌は、「豊国の企救の高浜高々に君待つ夜らはさ夜更けにけり」である。
歌をみていこう。
◆豊國能 聞乃高濱 高ゝ二 君待夜等者 左夜深来
(作者未詳 巻十二 三二二〇)
≪書き下し≫豊国の企救の高浜(たかはま)高々(たかたか)に君待つ夜(よ)らはさ夜更(よふ)けにけり
(訳)豊国の企救の高浜、高々と砂丘の続くその浜ではないが、高々と爪立(つまだ)つ思いであなたの帰りを待っているこの夜は、もうすっかり更けてしまいました。(同上)
(注)上二句は序。「高々に」を起こす。
豊前国府跡公園を後にして、北九州市小倉区長浜町 貴布祢神社に向かう。京都(みやこ)郡みやこ町を京都ナンバーで走るのは、なんとなくご当地ナンバー的で面白いなんて思うのは我々だけだろうな。
公園からほぼ北上、一転して都会的雰囲気に包まれる。貴布祢神社は、小倉駅の東400m、国道199号線から脇に入ったやや入り組んだ住宅地の中にあるこじんまりとした神社である。
鳥居横の「企救の長浜」の説明案内板には、「小倉から門司の大里にかけての海岸は、『企救の長浜』とか『企救の高浜』と呼ばれていました。この長い海岸線には白砂と美しい根上り松が群生して、遠く万葉の昔から大宰府に往来する貴人や防人たちぼ心を慰めたものでした。(中略)江戸時代、門司口橋を渡ったところに門司口門がありました。小倉城郭の門の一つで、この前の道は、大里方面に通じる九州諸大名の参勤交代の道でした。」と書かれている。
国道199号線から脇に入った道は神社の近くで、少し駆け上がりになっていた。運転をしていて、なんでこんなところに駆け上がりがあるのだろうと、一瞬不思議に思ったことを思いだした。「企救の長浜」の説明案内板をみて、駆け上がりは、海岸の岸辺であったのかもしれない、と自分なりに納得したのであった。国道199号線辺りから今の海岸までは埋め立てで、神社近くの駆け上がり気味のところ辺りが海岸線で、神社の前の道を参勤交代の行列が通ったのであろう。この辺りは、万葉時代から白砂青松のの地であったのだろう。残念ながら今は見る影もないが、自然環境と経済についても考えさせられる場面でもある。
三二二〇歌は、巻十二の巻末歌である。
巻十二の構成は、
正述心緒 二八四一~二八五〇歌
寄物陳思 二八五一~二八六三歌 右廿三首柿本朝臣人麻呂之歌集出
正述心緒 二八六四~二九六三歌
寄物陳思 二九六四~三一〇〇歌
問答歌 三一〇一~三一二六歌
羇旅発思 三一二七~三一三〇歌 右四首柿本朝臣人麻呂歌集出
三一三一~三一七九歌
悲別歌 三一八〇~三二一〇歌
問答歌 三二一一~三二二〇歌、 となっている。
神野志隆光氏は、その著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)のなかで、巻十二の編纂に関して、「人麻呂歌集歌を拡大して歌の世界のひろがりをあらわし」ている、と述べておられる。
万葉集目録には、巻十一は「古今相聞往来歌類の上」、巻十二は「古今相聞往来歌類の下」とある。これを踏まえ、「人麻呂歌集歌が『相聞』においてさまざまな主題をてんかいしたものとしてあり、それを拡大して『古今』の歌をまとめて載せたということを見るべきです。」とも述べておられる。
三二一九、三二二〇歌の左注「右の二首」の脚注に、伊藤 博氏は「やはり筑紫路の歌で、これは羇旅発思の問答。この一組、人麻呂歌集の羇旅発思三一二七~三一三〇に呼応させての配列らしい。三一三〇に『豊国の企救』が詠み込まれている。」と書かれている。
柿本人麻呂歌集を核にしたといえ、様々な歌集をものみこみ、体系をつくりあげていくところにも万葉集たる所以があると言えるのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」