万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その882)―北九州市小倉北区 勝山公園万葉の庭(2)―万葉集 巻十二 三一三〇

●歌は、「豊国の企救の浜松ねもころに何しか妹に相言ひそめけむ」である。

 

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勝山公園万葉の庭(2)万葉歌碑(柿本朝臣人麻呂歌集)

●歌碑は、北九州市小倉北区 勝山公園万葉の庭(2)にある。

 

●歌をみていこう。

 

豊洲 聞濱松 心哀 何妹 相云始

                 (柿本人麻呂歌集 巻十二 三一三〇)

 

≪書き下し≫豊国(とよくに)の企救(きく)の浜松ねもころに何(なに)しか妹(いも)に相(あひ)言(い)ひそめけむ

 

(訳)豊国の企救の浜松、地に食い込んだその松の根のように、どうして、ねんごろにあの子と契り合ってしまったのか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)企救:北九州市周防灘沿岸の旧郡名。

(注)上二句は序。「ねもころに」を起こす。

(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)なにしか【何しか】分類連語:どうして…か。▽原因・理由についての疑問に用いる。 ※なりたち 副詞「なに」+副助詞「し」+係助詞「か」(学研)

(注)そむ【染む】自動詞:①染まる。しみ込んで色がつく。②感化される。とらわれてなじむ。執着する。③深く感じる。心に深くしみいる。(学研)

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歌碑と現代語読み「副碑」

 

 部立は「羈旅發思」<羇旅発思(きりよはつし)>である。

(注)羇旅発思:旅にあって家や妻を思う歌。旅の男の歌を主とする。

 

三一二七から三一三〇歌四首が収録されている。

他の三首をみてみよう。

 

◆度會 大川邊 若歴木 吾久在者 妹戀鴨

                (作者未詳 巻十二 三一二七)

 

≪書き下し≫度会(わたらひ)の大川(おほかわ)の辺(へ)の若(わか)久木(ひさぎ)我(わ)が久(ひさ)ならば妹(いも)恋ひむかも

 

(訳)度会の大川の川べりに立つ若い久木、その名のように、我が旅が久しく続いたならば、家に待つあの子はきっと恋い焦がれて苦しむことだろう。(同上)

(注)度会:伊勢の度会。

(注)上三句は序。類音で「我が久ならば」を起こす。

(注)久木:「楸(ひさぎ)」とも表記する。現代名はアカメガシワのこと。名の通り新芽は赤い。

 

 

◆吾妹子 夢見来 倭路 度瀬別 手向吾為

               (作者未詳 巻十二 三一二八)

 

≪書き下し≫吾妹子(わぎもこ)を夢(いめ)に見え来(こ)と大和道(やまとぢ)の渡(わた)り瀬(ぜ)ごとに手向(たむけ)けぞ我(あ)がする

 

(訳)いとしい子よ、夢にでも姿を見せてくれと願いながら、大和へ向かう道の、川の渡り瀬ごとに手向けの幣帛(ぬさ)を私は捧げている。(同上)

 

 

◆櫻花 開哉散 及見 誰此 所見散行

               (作者未詳 巻十二 三一二九)

 

≪書き下し≫桜花(さくらばな)咲きかも散ると見るまでに誰れかもここに見えて散り行く

 

(訳)桜の花が咲いたかと思うとすぐ散る、そんな風に見えるほどに、どこの誰だろうか、この目の前に、現れてはすぐまた散り散りになって行くのは。(同上)

(注)「誰此 所見散行」:往来の人を見ての表現。消え行く人の中に妻の幻影がある。

 

 三一二七から三一三〇歌の歌群の左注は、「右四首柿本朝臣人麻呂歌集出<右の四首は、柿本人麻呂が歌集に出づ>である。

 

 

 三一二七歌にある「久木」が詠まれた歌は、万葉集には四首収録されている。

 他の三首をみてみよう。

 

◆烏玉乃 夜乃深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴

              (山部赤人 巻六 九二五)

 

≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)の更(ふ)けゆけば久木(ひさぎ)生(お)ふる清き川原(かはら)に千鳥(ちどり)しば鳴く

 

(訳)ぬばたまの夜が更けてゆくにつれて、久木の生い茂る清らかな川原で、千鳥がちち、ちちと鳴き立てている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

 

 九二五歌は、題詞「山部宿禰赤人が作る歌二首 幷(あは)せて短歌」の、長歌(九二三歌)の反歌二首の一首である。九二三から九二七歌までは、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その125)」で紹介している。(初期のブログですので、朝食のサンドイッチやデザートの写真も掲載していますので、ご容赦下さい。)

 ➡ 

山部赤人は、万葉集に四十九首収録されている。犬養 孝氏は、山部赤人は、美の創作意識が旺盛で、自然にぶつかった時に情熱を感じさせる」と言っておられる。(万葉歌碑を訪ねて―その125―) - 万葉集の歌碑めぐり

 

 

◆去年咲之 久木今開 徒 土哉将堕 見人名四二

               (作者未詳 巻十 一八六五)

 

≪書き下し≫去年(こぞ)咲きし久木(ひさぎ今咲くいたづらに地(つち)にか落ちむ見る人なしに

 

(訳)去年咲いた久木が、今また咲いている。しかし、やがてむなしく地面に散り落ちてしまうのではなかろうか。見に来る人もいないままに。(同上)

 

 

◆浪間従 所見小嶋之 濱久木 久成奴 君尓不相四手

               (作者未詳 巻十一 二七五三)

 

≪書き下し≫波の間(ま)ゆ見ゆる小島(こしま)の浜久木(はまひさぎ)久しくなりぬ君に逢はずして

 

(訳)波の間からはるかに見える小島の浜の久木、その名のようにずいぶん久しくなってしまった。あの方にお逢いしないままに。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「久しく」を起こす。

 

奈良県HPの「はじめての万葉集 vol,2」に、九二五歌の解説のなかに、久木について触れられているので引用させていただく。「(前略)『久木』がどういった植物なのか、キササゲや雑木、老木と諸説ありますが、現在はアカメガシワとする説が有力です。アカメガシワは芽が赤色であるためその名が付けられました。かつて食べ物を葉にのせたことから五菜葉(ごさいば)という別名もあります。野生のものでも川原に生えることがあるので、『久木生ふる清き川原』の表現と合致しています。

 アカメガシワは北海道・沖縄を除く日本の各地でみることができ、山歩きをされる方にとっては馴染みのある樹木ではないでしょうか。褐色の樹皮は漢方の生薬になり、胃潰瘍(かいよう)などに効能があります。

 アカメガシワの特徴としては、その成長が著しく早く、開墾地でも他の樹木に先立って育つという点が挙げられます。そのため『久木』が吉野の宮を讃える歌に詠まれたのは、アカメガシワが豊かな生命力をもつ樹木であったからと考えられます。(本文 万葉文化館 小倉 久美子)」

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「はじめての万葉集」 (奈良県HP)