万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その905)―旅人は、忘れ草を紐に付けた、家持は、付けたのに・・・

●歌は、「忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため」である。

 

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太宰府メモリアルパーク(6)万葉歌碑(大伴旅人

●歌碑は、太宰府市大佐野 太宰府メモリアルパーク(6)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為

                (大伴旅人 巻三 三三四)

 

≪書き下し≫忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付く香具山の古りにし里を忘れむがため

 

(訳)忘れ草、憂いを忘れるこの草を私の下紐に付けました。香具山のあのふるさと明日香の里を、いっそのこと忘れてしまうために。(同上)

 

題詞は、「帥大伴卿歌五首」<帥大伴卿(そちのおほとものまへつきみ)が歌五首>である。

 

 小野老が従五位上になったことを契機に宴席がもたれそこで詠われたものであるという。

 小野老の三二八歌(あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり)ではじまり、大伴四綱の三二九、三三〇歌(藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君)問いに対して、大伴旅人が三三一、三三二歌で答え、さらに三三三から三三五歌で吉野ならびに明日香への望郷の気持ちを詠っている。

 沙弥満誓の三三六歌、山上憶良の三三七歌(宴を罷る歌)で締めている。一つの歌物語的な歌群になっている。

 三二八から三三七歌すべては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その506)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「帥大伴卿歌五首」は、みてみよう。

 

◆吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成

              (大伴旅人 巻三 三三一)

 

≪書き下し≫我(わ)が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ

 

(訳)私の盛りの時がまた返ってくるだろうか、いやそんなことは考えられない、ひょっとして、奈良の都、あの都を見ないまま終わってしまうのではなかろうか。(同上)

(注)をつ【復つ】自動詞タ:元に戻る。若返る。(学研)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ※なりたち推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

(注)ほとほと(に)【殆と(に)・幾と(に)】副詞:①もう少しで。すんでのところで。危うく。②おおかた。だいたい。 ※「ほとど」とも。 ➡語の歴史:平安時代末期には、「ほとほど」または「ほとをと」と発音されていたらしい。のちに「ほとんど」となり、現在に至る。(学研)

 

 

◆吾命毛 常有奴可 昔見之 象小河乎 行見為

               (大伴旅人 巻三 三三二)

 

≪書き下し≫我(わ)が命(いのち)も常にあらぬか昔見し象(きさ)の小川(をがわ)を行きて見むため

 

(訳)私の命、この命もずっと変わらずにあってくれないものか。その昔見た象の小川、あの清らかな流れを、もう一度行って見るために。(同上)

 

◆淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞

               (大伴旅人 巻三 三三三)

 

≪書き下し≫浅茅(あさぢ)原(はら)つばらつばらにもの思(も)へば古(ふ)りにし里し思ほゆるかも

 

(訳)浅茅原(あさじはら)のチハラではないが、つらつらと物思いに耽っていると、若き日を過ごしたあのふるさと明日香がしみじみと想い出される。(同上)

(注)あさぢはら【浅茅原】分類枕詞:「ちはら」と音が似ていることから「つばら」にかかる(学研)

(注)つばらつばらに【委曲委曲に】副詞:つくづく。しみじみ。よくよく。(学研)

 

 

◆萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為

                (大伴旅人 巻三 三三四)

  書き下し、ならびに訳は上述のとおり。

 

 

◆吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有毛

               (大伴旅人 巻三 三三五)

 

≪書き下し≫我(わ)が行きは久(ひさ)にはあらじ夢(いめ)のわだ瀬にはならずて淵(ふち)しありこそ

 

(訳)私の筑紫在任はそんなに長くはあるまい。あの吉野のわだよ、浅瀬なんかにならず深い淵のままであっておくれ。(同上)

(注)「我(わ)が行き」:私の旅、大宰府在任をいう。

(注) わだ【曲】名詞:入り江など、曲がった地形の所。(学研)

 

 この五首は、旅人らしくない、やや弱弱しい感じが支配的であるように思える。逆に、心の底では強く思い、願っているとも読み取れるのである。

 特に、三三四歌の「香具山」にはいかに強い思いを持っているかは、香具山のあのふるさと明日香の里を、いっそのこと忘れてしまうために、「忘れ草」を下紐に付けた、と詠っていることからわかるような気がする。

 

 忘れ草とは、中国で亡憂草(しなかんぞう)と呼ばれ、効能として、憂さを忘れることができるとされていたのである。

 

 旅人の息子、家持の「忘れ草」を詠んだ歌もみてみよう。

 

◆萱草 吾下紐尓 著有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理

               (大伴家持 巻四 七二七)

 

≪書き下し≫忘れ草我(わ)が下紐(したひも)に付けたれど醜(しこ)の醜草(しこくさ)言(こと)にしありけり

 

(訳)苦しみを忘れるための草、その草を着物の下紐にそっと付けて、忘れようとはしてみたが、とんでもないろくでなしの草だ、忘れ草とは名ばかりであった。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)わすれぐさ【忘れ草】名詞:草の名。かんぞう(萱草)の別名。身につけると心の憂さを忘れると考えられていたところから、恋の苦しみを忘れるため、下着の紐(ひも)に付けたり、また、垣根に植えたりした。歌でも恋に関連して詠まれることが多い。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しこ【醜】名詞:頑強なもの。醜悪なもの。▽多く、憎みののしっていう。 ※参考「しこ女(め)」「しこ男(お)」「しこほととぎす」などのように直接体言に付いたり、「しこつ翁(おきな)」「しこの御楯(みたて)」などのように格助詞「つ」「の」を添えた形で体言を修飾するだけなので、接頭語にきわめて近い。(学研)

 

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その603)で紹介している。

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 家持が正妻になる坂上大嬢に贈った歌である。旅人の歌が頭にあったのであろう。

しかし、「忘れ草」もここまで罵倒されるとは・・・。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴旅人―人と作品」 中西 進 編 (祥伝社新書)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「太宰府万葉歌碑めぐり」 (太宰府市

★「天空の楽園 太宰府メモリアルパーク『万葉歌碑めぐり』太宰府悠久の歌碑・句碑」 (太宰府メモリアルパーク