万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その914)―太宰府市大佐野 太宰府メモリアルパーク(15)―万葉集 巻五 七九八

●歌は、「妹が見し楝の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干なくに」である。

 

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太宰府メモリアルパーク(15)万葉歌碑(山上憶良

●歌碑は、太宰府市大佐野 太宰府メモリアルパーク(15)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陁飛那久尓

                   (山上憶良 巻五 七九八)

 

≪書き下し≫妹(いも)が見し棟(あふち)の花は散りぬべし我(わ)が泣く涙(なみた)いまだ干(ひ)なくに

 

(訳)妻が好んで見た棟(おうち)の花は、いくら奈良でももう散ってしまうにちがいない。。妻を悲しんで泣く私の涙はまだ乾きもしないのに。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)楝は、陰暦の三月下旬に咲く、花期は二週間程度。筑紫の楝の花散りゆく様を見て、奈良の楝に思いを馳せて詠っている。

 

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歌の解説案内板

 

「楝(あふち)」は「逢う路」、その花が散ってしまえば、「逢えぬさだめ」そういう思いもこめられているのであろう。

 

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その127-1)」で紹介している。

タイトル写真は、当初のサンドイッチが写っていますが、削除して本文は改訂しています。

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楝を詠った歌は万葉集では四首収録されている。

他の三首をみてみよう。

 

 

◆吾妹子尓 相市乃花波 落不過 今咲有如 有与奴香聞

               (作者未詳 巻十 一九七三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に楝(あふち)の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも

 

(訳)いとしい子に逢うという名の楝(おうち)の花は、散り失せずに、今咲いているままにあり続けてくれないものか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)わぎもこに【吾妹子に】分類枕詞:吾妹子(わぎもこ)に「逢(あ)ふ」の意から、「あふ」と同音を含む「楝(あふち)の花」「逢坂山(あふさかやま)」「淡海(あふみ)」「淡路(あはぢ)」などにかかる。(学研)

(注)ありこす【有りこす】分類連語:(こちらに対して)あってくれる。 ⇒なりたち

ラ変動詞「あり」の連用形+上代の希望の助動詞「こす」(学研)

 

 

◆珠尓奴久 安布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞

               (大伴書持 巻二十 三九一〇)

 

≪書き下し≫玉に貫(ぬ)く楝(あふち)を家に植ゑたらば山ほととぎす離(か)れず来(こ)むかも

 

(訳)薬玉(くすだま)として糸に貫く楝、その楝を我が家の庭に植えたならば、山に棲む時鳥がしげしげとやって来て鳴いてくれることだろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)くすだま【薬玉】名詞:種々の香料を錦(にしき)の袋に入れて、菖蒲(しようぶ)・蓬(よもぎ)の造花で飾って五色の糸を長く垂らしたもの。邪気をよけ、不浄を避けるものとして、五月五日の端午の節句に、柱・簾(すだれ)などに掛けたり身に着けたりした。(学研)

 

 

◆保登等藝須 安不知能枝尓 由吉底居者 花波知良牟奈 珠登見流麻泥

               (大伴家持 巻二十 三九一三)

 

≪書き下し≫ほととぎす楝(あふち)の枝に行きて居(ゐ)ば花は散らむな珠と見るまで

 

(訳)時鳥、この時鳥が、仰せの楝の枝に飛んで行って留ったなら、花は、さぞかしほろほろと散りこぼれることだろう。こぼれ落ちる玉のように。(同上)

 

三九一〇、三九一三歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その718)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 三九一〇歌に「玉に貫く」とあるが、奈良県京都府の県境にある「万葉の小径」に「楝」が植わっている。夕方、街頭に照らされた、まだ枝に残っている楝の実は、まさに枝に貫かれたように輝いている

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「万葉の小径」の玉を貫いたような楝の実

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴旅人―人と作品」 中西 進 編 (祥伝社新書)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「太宰府万葉歌碑めぐり」 (太宰府市

★「天空の楽園 太宰府メモリアルパーク『万葉歌碑めぐり』太宰府悠久の歌碑・句碑」 (太宰府メモリアルパーク