●歌は、「大野山霧立ちわたる我が嘆くおきその風に霧立とわたる」である。
●歌碑は、太宰府市大佐野 太宰府メモリアルパーク(16)にある。
●歌をみていこう。
◆大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流
(山上憶良 巻五 七九九)
≪書き下し≫大野山(おほのやま)霧(きり)立ちわたる我(わ)が嘆くおきその風に霧立ち渡る
(訳)大野山に今しも霧が立ちこめている。ああ、私の嘆く息吹(いぶき)の風で霧が一面に立ちこめている。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)大野山:大宰府背後にある四王子山
(注の注)四王子山:宰府の背後に聳える四王寺山は、かつては大野山と呼ばれていました。白村江の戦いの後、天智天皇4年(665年)百済からの亡命貴族の指揮によって築かれた篭城、防衛のための朝鮮式山城です。(太宰府市HP「大野城へ時空を超えて」より)
(注)おきその風:息潚(おきうそ)の意か。嘆息は霧になると考えられた。
(注の注)おきそふ【置き添ふ】自動詞:(露や霜などが)さらに置き加わる。 他動詞:(露や霜などを)さらに置き加える。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
「和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流」とは、スケールが大きい、旅人の悲嘆の度合いを推し量り、憶良は、溜息が風となりそして霧となって立ちこめる、悲痛の深さを詠っているのであろう。
「おきその風」という言い方は、「春風」「秋風」等と比べて、自然の風にプラスアルファされた趣のある感じがする。
歌に現れる景物(月、雪、雨、風、露、霧など)は、万葉集では、「①月、②雪、③雨、④雲、⑤露、⑥風、⑦霞」の順番であるが、古今集では、「①風、②雪、③露、④月、⑤雲、⑥雨、⑦霜」で、新古今集では、「①風、②月、③露、④空、⑤雪、⑥雨、⑦雪」と変化しているそうである。(別冊國文學 万葉集必携 コラム「万葉の月、古今の月」より)
万葉集では六位であった「風」が、古今、新古今では一位に位置
四季・自然の風にプラスアルファ―された「風」を詠んだ万葉歌をみてみよう。
≪あゆ≫
◆安乎能宇良尓 餘須流之良奈美 伊夜末之尓 多知之伎与世久 安由乎伊多美可聞
(大伴家持 巻十八 四〇九三)
≪書き下し≫英遠(あを)の浦に寄する白波いや増しに立ちしき寄せ来(く)東風(あゆ)をいたみかも
(訳)英遠の浦にうち寄せる白波、この白波は、いよいよ立ち増さって、あとからあとから寄せてくる。東風(あゆのかぜ)が激しいからであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)英遠の浦:氷見市の北端、阿尾の海岸。
(注)あゆ【東風】名詞:東風(ひがしかぜ)。「あゆのかぜ」とも。 ※上代の北陸方言。(学研)
この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その808)」で紹介している。
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家持が北陸の風情を風の方言を使って詠っている。
≪あすかかぜ≫
◆婇女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久
(志貴皇子 巻一 五一)
≪書き下し≫采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風(あすかかぜ)都を遠(とほ)みうたづらに吹く
(訳)采女の袖をあでやかに吹きかえす明日香風、その風も、都が遠のいて今はただ空(むな)しく吹いている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)うねめ【采女】:古代以来、天皇のそば近く仕えて食事の世話などの雑事に携わった、後宮(こうきゆう)の女官。諸国の郡(こおり)の次官以上の娘のうちから、容姿の美しい者が選ばれた
この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その155)」で紹介している。
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その土地の風であるとともに、時代の移ろう風を詠んでいるのであろう。
≪かむかぜ≫
◆山邊乃(やまのべの) 御井乎見我弖利(みゐをみがてり) 神風乃(かむかぜの) 伊勢處女等(いせをとめども) 相見鶴鴨(あひみつるかも)
(長田王 巻一 八一)
(訳)山辺の御井(みい)、この御井を見に来て、はからずも、神風吹く伊勢のおとめたちに出逢うことができた。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)
(注)かむかぜの【神風の】:枕詞。地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。
平安時代後期以降は「かみかぜや」が一般的。
この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その48)」で紹介している。初期のブログなので、朝食のサンドイッチやデザートの写真が掲載されていますが、ご容赦下さい。
➡ こちら48
伊勢にかかる枕詞である。
≪ひかた>
◆天霧相 日方吹羅之 水巠之 岡水門尓 波立渡
(作者未詳 巻七 一二三一)
≪書き下し≫天霧(あまぎ)らひひかた吹くらし水茎(みずくき)の岡(おか)の港に波立ちわたる
(訳)今にも空がかき曇って日方風(ひかたかぜ)が吹いてくるらしい。岡の港に波が一面立っている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)あまぎらふ【天霧らふ】分類連語:空が一面に曇っている。 ⇒なりたち 動詞「あまぎる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)
(注)ひかた【日方】名詞:東南の風。西南の風。 ※日のある方角から吹く風の意。(学研)
(注)みづくきの【水茎の】分類枕詞:①同音の繰り返しから「水城(みづき)」にかかる。
②「岡(をか)」にかかる。かかる理由は未詳。 参考 中古以後、「みづくき」を筆の意にとり、「水茎の跡」で筆跡の意としたところから、「跡」「流れ」「行方も知らず」などにかかる枕詞(まくらことば)のようにも用いられた。(学研)
(注)岡の港:「芦屋町観光協会HP(福岡県遠賀郡芦屋町)」の岡湊神社の説明に「『岡湊』は『おかのみなと』と読み、『日本書紀』には『崗之水門』として登場する芦屋の大変古い呼称です。実に1800年の歴史を誇り、『古事記』にもその記載があります。」とある。
この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その883-3)」で紹介している。
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「東風吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「太宰府市HP」
★「天空の楽園 太宰府メモリアルパーク『万葉歌碑めぐり』太宰府悠久の歌碑・句碑」 (太宰府メモリアルパーク)