万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その947)一宮市萩原町 萬葉公園(18)―万葉集 巻十九 四二一二

●歌は、「娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(18)万葉歌碑(プレート)<大伴家持

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(18)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆乎等女等之 後乃表跡 黄楊小櫛 生更生而 靡家良思母

               (大伴家持 巻十九 四二一二)

 

≪書き下し≫娘子らが後(おち)の標(しるし)と黄楊小櫛(つげをぐし)生(お)ひ変(かは)り生(お)ひて靡きけらしも

 

(訳)娘子ののちの世への目じるしにと、黄楊の小櫛、この櫛は木となって生(は)え変わり生い茂って、そちらに靡いたものであるらしい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌と長歌(四二一一歌)の題詞は、「追同處女墓歌一首幷短歌」<処女墓(をとめはか)の歌に追同する一首併せて短歌。である。

(注)処女:葦屋の菟原娘子(うなひをとめ)

(注)処女墓の歌:田辺福麻呂(一八〇一~一八〇三歌)、高橋虫麻呂(一八〇九~一八一一歌)などがある。

(注)追同:後から唱和すること

 

◆古尓 有家流和射乃 久須婆之伎 事跡言継 知努乎登古 宇奈比牡子乃 宇都勢美能 名乎競争登 玉剋 壽毛須底弖 相争尓 嬬問為家留 ▼嬬等之 聞者悲左 春花乃 尓太要盛而 秋葉之 尓保比尓照有 惜 身之壮尚 大夫之 語勞美 父母尓 啓別而 離家 海邊尓出立 朝暮尓 滿来潮之 八隔浪尓 靡珠藻乃 節間毛 惜命乎 露霜之 過麻之尓家礼 奥墓乎 此間定而 後代之 聞継人毛 伊也遠尓 思努比尓勢餘等 黄楊小櫛 之賀左志家良之 生而靡有        

               (大伴家持 巻十九 四二一一)

  • ▼は、{女偏に感} 「▼嬬」で「をとめ」と読む

 

≪書き下し≫いにしへに ありけるわざの くすばしき 事と言ひ継(つ)ぐ 茅渟壮士(ちぬをとこ) 菟原壮士(うなひをとこ)の うつせみの 名を争ふと たまきはる 命(いのち)も捨てて 争ひに 妻(つま)どひしける 娘子(をとめ)らが 聞けば悲しさ 春花(はるはな)の にほえ栄(さか)えて 秋の葉の にほひに照れる あたらしき 身の盛りすら ますらをの 言(こと)いたはしみ 父母(ちちはは)に 申(まを)し別れて 家(いへ)離(ざか)り 海辺(うみへ)に出で立ち 朝夕(あさよひ)に 満ち来る潮(しほ)の 八重波(やへなみ)に 靡(なび)く玉藻(たまも)の 節(ふし)の間(ま)も 惜(を)しき命(いのち)を 露霜(つゆしも)の 過ぎましにけれ 奥城(おくつき)を ここと定(さだ)めて 後(のち)の世の 聞き継ぐ人も いや遠(とほ)に 偲(しの)ひにせよと 黄楊(つげ)小櫛(をぐし) しか挿(さ)しけらし 生(お)ひて靡けり

 

(訳)遠き遥かなる世にあったという出来事で、世にも珍しい話と云い伝えている、茅渟壮士(ちぬおとこ)と菟原壮士(うないおとこ)とが、この世の名誉にかけても負けてなるかと、命がけで先を争って妻どいしたという、その娘子の話は聞くもあわれだ。春の花さながらに照り栄え、秋の葉さながらに光り輝いている、そんなもったいない女盛りの身なのに、二人の壮士の言い寄る言葉をつらいことと思い、父母に暇乞(いとまご)いをして家をあとに海辺に佇(たたず)み、朝に夕に満ちてくる潮の、幾重もの波に靡く玉藻、その玉藻の節(ふし)の間(ま)ほどのあいだも惜しい命なのに、冷たい露の消えるようにはかなくなってしまわれたとは。それでお墓をここと定めて、のちの世の聞き伝える人もいついつまでも偲(しの)ぶよすがにしてほしいと、娘子の黄楊(つげ)の小櫛(おぐし)をそんなふうに墓に挿したのであるらしい。それが生い茂ってそちらに靡いている。(同上)

(注)くすばし【奇ばし】[形]:珍しい。不思議である。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)名を争ふ:名誉にかけて争うこと

(注)にほえ:つやつやと色香に溢れて。 にほゆの連用形か。

(注)いたはしみ:心を痛めて

(注)ふしのま【節の間】分類連語:(竹・葦(あし)などの)節と節との間。きわめて短い時間。ごくわずかの間。(学研)

(注)つゆしもの【露霜の】分類枕詞:①露や霜が消えやすいところから、「消(け)」「過ぐ」にかかる。②露や霜が置く意から、「置く」や、それと同音を含む語にかかる。③露や霜が秋の代表的な景物であるところから、「秋」にかかる。(学研)

(注)おくつき【奥つ城】名詞:①墓。墓所。②神霊をまつってある所。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。「き」は構え作ってある所の意。(学研)

(注)黄楊小櫛:黄楊で作った櫛:女の大切な持ち物。娘子の霊魂を象徴している。

 

左注は、「右五月六日依興大伴宿祢家持作之」<右は、五月六日に、興に依りて大伴宿禰家持作る>である。

 

題詞にある、「處女墓歌」の田辺福麻呂の歌(一八〇一~一八〇三歌)については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その562)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉