万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その951)―一宮市萩原町 萬葉公園(22)―万葉集 巻十 二一一六

●歌は、「白露に争ひかねて咲ける萩散らば惜しけむ雨な降りそね」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(22)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>



●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(22)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆白露尓 荒争金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根

               (作者未詳 巻十 二一一六)

 

≪書き下し≫白露(しらつゆ)に争ひかねて咲ける萩散らば惜しけむ雨な降りそね

 

(訳)早く咲けとばかりに置く白露に逆らいきれずに咲いた萩、この萩が散ったらどんなに惜しかろう。雨よ降らないでおくれ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)白露:漢語「白露」の翻読語。普通秋の露をいう。

 

「萩」に関しては、奈良県HP「はじめての万葉集 vol,5」に次のように書かれている。引用させていただく、

「『万葉集』には数多くの植物名が詠みこまれていますが、そのなかでもっとも多く詠まれているのがハギです。百四十一首みられます。

 『萩』という文字は、中国ではカワラヨモギやヒサギをしめす語として使われており、日本でいうハギとは植物が異なります。ハギに『萩』の文字が使われるのは『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』が早い例とされていますが、唯 一 の伝本である平安末期の写本では『荻』(禾ではなく犭)となっているため再考の余地があるという指摘があります。『万葉集』でも『萩』の文字は使用されておらず、『芽子(はぎ)』という文字が多く使われています。これは刈りとった根からでも、毎年のように新たな芽が出るという性質をあらわした用字であると考えられています。(中略)ハギは低木で花弁の小さな植物ですが、万葉びとは高円(たかまど)や春日野などの郊外でも花を観賞しそれが散るのを惜しんでいます。ウメやモミジだけではなく、ハギに強い関心が寄せられているところに、当時の美意識を感じることができるのではないでしょうか。(本文 万葉文化館 小倉 久美子)」

 

 一宮市萩原町萬葉公園ならびに同高松分園の「高松論争」になった歌六首は、巻十の歌である。巻十の部立「秋雑歌」のなかの「詠花」の歌は二〇九四から二一二七歌まで三十四首あるが、朝顔(二一〇四歌)、をみなえし(二一一五歌)以外はすべて「萩」を詠んでいる。

 これをみても、いかに万葉びとが萩を愛したかがわかるのである。

 歌碑の二一一六歌のように「白露」あるいは「露」と「萩」を詠み込んだ歌は、「秋雑歌」「詠花」三十四首中五首である。他の四首をみていこう。いずれも作者未詳である。

 

◆夕(ゆふ)されば野辺(のへ)の秋萩(あきはぎ)うら若み露にぞ枯(か)るる秋待ちかてに(二〇九五歌:柿本人麻呂歌集)

 

(訳)夕方になると、野辺の秋萩は、まだ若いので、露にあたってしおれている。秋の来るのを待ちかねて。(同上)

 

◆白露(しらつゆ)の置かまく惜しみ秋萩を折りのみ折りて置きや枯らさむ(二〇九九歌)

 

(訳)白露が置いたら散ってしまうのではと惜しまれて、秋萩を手折るだけは手折ってみたものの、このまま枯らしてしまうことになるのであろうか。(同上)

(注)まく :…だろうこと。…(し)ようとすること。 ※派生語。 語法活用語の未然形に付く。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」(学研)

 

◆この夕(ゆうへ)秋風吹きぬ白露に争ふ萩(はぎ)の明日(あす)咲かむ見む(二一〇二歌)

 

(訳)この夕べ、秋風が吹き始めた。早く咲けと置く白露に逆らっていた萩が、明日咲くのを見よう。(同上)

 

◆秋さらば妹(いも)に見せむと植ゑし萩露霜負ひて散りにけるかも(二一二七歌)

 

(訳)秋になったらあの子に見せようと植えた萩、そのせっかくの萩が、冷たい露を浴びて跡形もなく散ってしまった。(同上)

 

 

『和名類聚抄』では、鹿鳴草」と書いて「ハギ」と読ませるとある。鹿鳴も深まり行く秋の風物詩であるから日本人の情趣の最たるものといえよう。

(注)和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう):平安時代中期に作られた辞書である。承平年間(931年 - 938年)、勤子内親王の求めに応じて源順(みなもとのしたごう)が編纂した。略称は和名抄(わみょうしょう)。(weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディア』)

 

 雄鹿が鳴いて萩の花に妻問うことを詠い、妻を亡くした自分をかさねる大伴旅人の歌がある。これをみてみよう。

◆吾岳尓 棹壮鹿来鳴 先芽之 花嬬問尓 来鳴棹壮鹿

               (大伴旅人 巻八 一五四一)

 

≪書き下し≫我が岡にさを鹿(しか)来鳴く初萩(はつはぎ)の花妻(はなつま)どひに来鳴くさを鹿

 

(訳)この庭の岡に、雄鹿が来て鳴いている。萩の初花を妻どうために来て鳴いているのだな、雄鹿は。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)さをしか【小牡鹿】名詞:雄の鹿(しか)。 ※「さ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はなづま【花妻】名詞:①花のように美しい妻。一説に、結婚前の男女が一定期間会えないことから、触れられない妻。②花のこと。親しみをこめて擬人化している。③萩(はぎ)の花。鹿(しか)が萩にすり寄ることから、鹿の妻に見立てていう語(学研)ここでは、③の意

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(924)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「大伴旅人―人と作品」 中西 進 著 (祥伝社新書)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディア』」