万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その952)―一宮市萩原町 萬葉公園(23)―万葉集 巻十 二一〇一

●歌は、「我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(23)万葉歌碑<作者未詳>

●歌碑は、一宮市萩原町 萬葉公園(23)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾衣 揩有者不在 高松之 野邊行之者 芽子之揩類曽

              (作者未詳 巻十 二一〇一)

 

≪書き下し≫我(あ)が衣(ころも)摺(す)れるにはあらず高松(たかまつ)の野辺(のへ)行きしかば萩の摺れるぞ

 

(訳)私の衣は、摺染(すりぞ)めしたのではありません。高松の野辺を行ったところ、あたり一面に咲く萩が摺ってくれたのです。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)摺染(読み)すりぞめ:〘名〙: 染色法の一つ。草木の花、または葉をそのまま布面に摺りつけて、自然のままの文様を染めること。また花や葉の汁で模様を摺りつけて染める方法もある。この方法で染めたものを摺衣(すりごろも)という。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版 )

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歌碑と現代語読み

 

 

 万葉集で詠われた「染め」、「色」、「顔料」などに関した歌を追って

みよう。

 

 二一〇一歌のように自然の植物との一体感を「染め」という行為で詠っている歌をみてみよう。

 

題詞は、「二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌」<二年壬寅(みずのえとら)に、太上天皇(おほきすめらみこと)、三河の国に幸(いでま)す時の歌>である。

 

◆引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓

               (長忌寸意吉麻呂 巻一 五七)

 

≪書き下し≫引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに

 

(訳)引馬野(ひくまの)に色づきわたる榛(はり)の原、この中にみんな入り乱れて衣を染めなさい。旅の記念(しるし)に。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はり【榛】名詞:はんの木。実と樹皮が染料になる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)にほふ【匂ふ】:自動詞 ①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。他動詞:①香りを漂わせる。香らせる。②染める。色づける。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

左注は、「右一首長忌寸奥麻呂」<右の一首は長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)>である。

「黄葉」で衣を染めることはないが、黄葉の美しさをこのように詠っているのである。

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その265)」で紹介している。

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「染め」に自分の思いを込めた歌もある。こちらもみてみよう。

 

草枕 客去君跡 知麻世婆 岸之埴布尓 仁寶播散麻思呼

               (清江娘子 巻一 六九)

 

≪書き下し≫草枕旅行く君と知らませば岸の埴生(はにふ)ににほはさましを

 

(訳)草を枕の旅のお方と知っていたなら、この住吉の岸の埴土(はにつち)で衣を染めてさしあげるのでしたのに(住吉に留まって下さるお方とばかり思っていたので、染めてさしあげられませんでした)(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)にほはす【匂はす】:他動詞:①美しく染める。美しく色づける。②香りを漂わせる。薫らせる。③それとなく知らせる。ほのめかす。(学研) ここでは①の意

 

左注は、「右一首清江娘子進長皇子 姓氏未詳」<右の一首は清江娘子(すみのえのをとめ)、長皇子(ながのみこ)に進(たてまつ)る   姓氏未詳>である。

(注)清江娘子:住吉の遊行女婦と思われる。

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その794-2)で紹介している。

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片思いではあるが、自分の思いを手染の糸にこめた歌をみてみよう。

 

◆河内女之 手染之絲乎 絡反 片絲尓雖有 将絶跡念也

               (作者未詳 巻七 一三一六)

 

≪書き下し≫河内女(かふちめ)の手染の糸を繰(く)り返し片糸(かたいと)にあれど絶えむと思へや

 

(訳)河内の国の女たちがその手で染めた糸を、何度も繰った、そんな糸なのだから、片糸であっても、切れてしまうとは思えない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)河内 分類地名 :旧国名畿内(きない)五か国の一つ。今の大阪府東部。河州(かしゆう)。古くは「かふち」であったらしい。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)くりかへす【繰り返す】他動詞:何度も糸をたぐる。何度も同じことをする。(学研)➡絶えず思っている様

(注)かたいと【片糸】名詞:より合わせていない糸。 ※縫い合わせる糸は、より合わせた糸を使う。(学研)➡片思いの譬え

 

 この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(451)」で紹介している。

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 家持が部下の尾張少咋(おはりのをくひ)の不倫を染色に喩えて諭した歌をみてみよう。

 

◆久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

               (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え

 

(注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(834)」で紹介している。

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 紫の染色技法にふれた歌もみてみよう。

 

◆紫者 灰指物曽 海石榴市之 八十衢尓 相兒哉誰

                  (作者未詳 巻十二 三一〇一)

 

≪書き下し≫紫(むらさき)は灰(はい)さすものぞ海石榴市(つばいちの)の八十(

やそ)の衢(ちまた)に逢(あ)へる子や誰(た)れ

 

(訳)紫染めには椿の灰を加えるもの。その海石榴市の八十の衢(ちまた)で出逢った子、あなたはいったいどこの誰ですか。(伊藤 博著「万葉集 三」角川ソフィア文庫より)

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その59,60)」で紹介している。(タイトル写真ではサンドイッチの写真になっていますが、本文では改訂し写真は削除してあります。ご容赦下さい、)

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万葉集には、このような生活に密着した衣の染めに関連した歌が多数収録されている。機会があればさらに深堀していきたいものである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」