万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その955)―一宮市萩原町 萬葉公園(27)―万葉集 巻十 二二八三

●歌は、「我妹子に逢坂山のはだすすき穂には咲き出ず恋ひわたるかも」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(27)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(27)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆吾妹兒尓 相坂山之 波為酢寸 穂庭開不出 戀度鴨

                (作者未詳 巻十 二二八三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に逢坂山(あふさかやま)のはだすすき穂には咲き出(で)ず恋ひわたるかも

 

(訳)いとしいあの子に逢うという逢坂山のはだすすき、そのすすきがまだ穂を出していないように、私もそぶりに出さずひそかに恋いつづけている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)わぎもこに【吾妹兒に】枕詞:吾妹子に会う意から、「あふ」と同音を含む「逢坂山」「近江(あふみ)」「楝(あふち)の花」「淡路(あはぢ)」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)逢坂山 分類地名:歌枕(うたまくら)。今の滋賀県大津市の南にある山。古くから交通の要地で、ふもとに「逢坂の関」が設けられていた。和歌では多く「逢(あ)ふ」にかけて用いる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はだすすき【はだ薄】名詞:語義未詳。「はたすすき」の変化した語とも、「膚薄(はだすすき)」で、穂の出る前の皮をかぶった状態のすすきともいう。(学研)

(注の注)はだすすき【はだ薄】分類枕詞:すすきの穂の意から「穂」「末(うれ)(=穂の先)」「うら」にかかる。(学研)

(注)上三句は序。「穂には咲き出ず」を起こす。

 

「はだすすき」ならびに枕詞として使われている歌をみてみよう。

 

◆はだ薄(すすき)久米の若子(わくご)がいましける<一には「けむ」といふ>三穂(みほ)の石室(いはや)は見れど飽(あ)かぬかも<一には「荒れにけるかも」といふ>

               (博通法師 巻三 三〇七)

 

(訳)久米の若子がその昔おられたという三穂の岩屋、この岩屋は、見ても見ても見飽きることがない。<今やまったく人気がなくなってしまった>(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)美穂の石屋:和歌山県日高郡美浜町三尾

 

 

◆はだすすき尾花(をばな)逆葺(さかふ)き黒木もち造れる室(むろ)は万代(よろづよ)までに

                 (元正天皇 巻八 一六三七)

 

(訳)はだすすきや尾花を逆さまに葺いて、黒木を用いて造った新室(にいむろ)、この新室はいついつまでも栄えることであろう。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)をばな【尾花】名詞:「秋の七草」の一つ。すすきの花穂。[季語] 秋。 ※形が獣の尾に似ていることからいう。(学研)

(注)くろき【黒木】名詞:皮付きの丸太。[反対語] 赤木(あかぎ)。(学研)

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(953)」で紹介している。

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◆はだすすき穂(ほ)には咲き出(で)ぬ恋をぞ我(あ)がする 玉かぎるただ一目(ひとめ)のみ見し人ゆゑに

 

(訳)はだすすきがまだ穂には咲き出してないように、私はそぶりにも出さない恋をしている、玉がちらっと輝くように、ただ一目だけ見たあの人ゆえに。(同上)

(注)たまかぎる【玉かぎる】分類枕詞:玉が淡い光を放つところから、「ほのか」「夕」「日」「はろか」などにかかる。また、「磐垣淵(いはかきふち)」にかかるが、かかり方未詳。(学研)

 

 

◆新室(にひむろ)のこどきに至ればはだすすき穂に出(だ)し君が見えぬこのころ

(作者未詳 巻十四 三五〇六)

 

(訳)蚕室(さんしつ)の毛蚕掃(けごは)き時(どき)になったので、はだすすきが穂を出すようにはっきり思いをうち明けて下さったあの方なのに、このところお見えにならない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)こどき:蚕時か。男女ともに繁忙の時。

 

 

◆かの子ろと寝(ね)ずやなりなむはだすすき宇良野(うらの)の山に月(つく)片寄(かたよ)るも

                (作者未詳 巻十四 三五六五)

 

(訳)今夜は、あの子と寝ずじまいになってしまうのであろうかなあ。はだすすき茂る宇良野の山に月が傾いている。(同上)

(注)かの子ろ:あの子ら、の東国訛り

 

◆はだすすき穂にはな出(い)でそ思ひてある心は知らゆ我(わ)れも寄りなむ

                (作者未詳 巻十六 三八〇〇)

 

(訳)皮かむりの薄(すすき)の穂のように、面(おもて)に出したりなさいますな。爺さんを思っている皆さんの心の中はどなたにもお見通し。私も靡きましょう。

(注)ゆ 助動詞《接続》四段・ナ変・ラ変の動詞の未然形に付く。①〔受身〕…れる。…られる。②〔可能〕…できる。③〔自発〕自然と…するようになる。…れる。 ⇒らゆ「射ゆ」「見ゆ」という語のあることから、古くは上一段活用の未然形にも接続した。 注意助動詞「る」に対応するが尊敬の意はない。 ⇒参考(1)「おもほゆ」「おぼゆ」「聞こゆ」「見ゆ」などの「ゆ」も、もと、この助動詞であったが、これらは「ゆ」と複合した一語の動詞と考えられる。(2)現代語の連体詞「あらゆる」「いわゆる」は、「あり」「言ふ」の未然形に、連体形の「ゆる」が接続して固定化したものである。(学研)

 

 

◆・・・はしきよし 汝弟(なおと)の命(みこと) なにしかも 時しはあらむを はだすすき 穂に出(い)づる秋の 萩の花 にほへるやどを・・・

                (大伴家持 巻十七 三九五七)

 

(訳)・・・ああいとしい我が弟よ、いったいどんな気持ちで、ほかに時はいくらもあろうに、すすきが穂を出す秋の、萩の花が咲きにおっている庭・・・

 

 

 ススキは漢字で「芒」、国字で「薄」と記される。文学的には花穂の姿が獣の尾に似ていることから「尾花」とも言われる。

 穂がでていないススキを「はだすすき」と称し、気持ちやそぶりを表に出していない譬えで、歌に詠んでいるところに、万葉びとの自然観察力の鋭さを感じる。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

コトバンク 小学館デジタル大辞泉