万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その959)―一宮市萩原町 萬葉公園(31)―万葉集 巻十七 三九六八

●歌は、「うぐひすの来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(31)万葉歌碑(プレート)<大伴池主>

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(31)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆宇具比須能 伎奈久夜麻夫伎 宇多賀多母 伎美我手敷礼受 波奈知良米夜母

               (大伴池主 巻十七 三九六八)

 

≪書き下し≫うぐひすの来(き)鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも

 

(訳)鶯がやって来ては鳴く山吹の花、よもやあなたが手を触れずにその花をよもやあなたが手をお触れにならぬまま、この花が散ってしまったりすることはありますまい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うたがたも 副詞:①きっと。必ず。真実に。②〔下に打消や反語表現を伴って〕決して。少しも。よもや。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 大伴家持は、天平十九年(747年)越中で初めて新春を迎えた。

しかし、2月下旬になって、病床に伏した。

 今でいう、単身赴任の身で病にかかったわけである。小生も経験があるが、水を飲みたいと思っても一人でキッチンまでふらつきながら部屋をさまよい行く時の、辛さ、熱による心細さは今でも頭をよぎる。

 家持は越中国守であるから身の回りの世話をしてくれる人はついていたと思うが、病への不安は抱えていた。三九六二歌の題詞にあるように、「ほとほとに泉路に臨む」という言い方に不安さがにじみ出ている。

 病への不安そして悲しみから、助けを求めるかのように長歌ならびに短歌を作って池主に贈っている。池主との間では、3月初めまで、手紙や歌のやり取りは続いたのである。家持にとって池主との歌の往来は、どれほど励みになったことであろうか。

 

 三九六七ならびに三九六八歌は、三月二日に手紙とともに、池主が家持の手紙に答える形で贈ったものである。手紙をみてみよう。

 

◆忽辱芳音翰苑凌雲 兼垂倭詩詞林舒錦 以吟以詠能蠲戀緒春可樂 暮春風景最可怜 紅桃灼ゝ戯蝶廻花舞 翠柳依ゝ嬌鸎隠葉歌 可樂哉 淡交促席得意忘言 樂矣美矣 幽襟足賞哉豈慮乎蘭蕙隔藂琴罇無用 空過令節物色軽人乎 所怨有此不能黙已 俗語云以藤續錦聊擬談咲耳

 

≪手紙の書き下し≫たちまちに芳音(ほういん)を辱(かたじけな)みし、翰苑(かんゑん)雲を凌(しの)ぐ、兼(さら)に倭詩(わし)を垂れ、詞林(しりん)錦(にしき)を舒(の)ぶ。もちて吟じもちて詠じ、能(よ)く恋緒(れんしよ)を蠲(のぞ)く。春は樂しぶべく、暮春の風景はもとも怜(あはれ)ぶべし。紅桃(こうたう)灼々(しゃくしゃく)、戯蝶(きてふ)は花を廻(めぐ)りて舞ひ、 翠柳(すいりう)は依々(いい)、嬌鶯(けうあう)は葉に隠(かく)れて歌ふ。楽しぶべきかも。淡交(たんかう)に席(むしろ)を促(ちかづ)け、意を得て言を忘る。楽しきかも美(うるは)しきかも。幽襟(いうきん)賞(め)づるに足れり。あに慮(はか)らめや、蘭蕙(らんけい)藂(くさむら)を隔て、琴罇(きんそん)用ゐるところなからむとは。空(むな)しく、令節を過ぐさば、物色(ぶつしよく)人を軽(かろ)みせむかとは。怨(うら)むるところここに有あり、黙(もだ)してやむこと能(あた)はず。俗(よ)の語(ことば)に云はく、藤を以もちて錦に続(つ)ぐといふ。いささかに談笑(だんせう)に擬(なそ)ふらくのみ。

 

(略私訳)早速、御手紙を頂戴し、その文の勢いは雲を凌ぐばかりです。さらに和歌を詠っておられますが、その詞は錦を織ったかのようです。その歌をくりかえし吟じ、今までのあなた様の思いと違う思いにおどろかされました。春は楽しむべきと思います。三月の風景には、いっそうの感動があります。紅の桃花は光輝き、戯れ飛ぶ蝶は花を舞い、青柳の葉はなよなおと、なまめかしい声の鴬は葉に隠れて鳴いています。何と楽しいことでしょう。君子とのお付き合いでお心が通じ合い、言葉も数多くはいりません。じつに楽しいし麗しいことです。お付き合いで知る奥深いお心はなんとすばらしいことでしょう。ところが、どうしたことなのでしょうか、蘭や蕙といった芳しい花々が叢にうずめ隠され、宴での琴や酒樽を使うこともないとは。空しくこのすばらしい季節をやり過ぎては、自然に侮られてしまいませんか。怨む気持ちになりませんか。語らいもできずにいるとは。世間でいうまるで藤を錦に継ぐといいますような拙い手紙の内容です。すこしでもあなた様のお笑い草にでもなればとの思いです。

(注)たちまち(に)【忽ち(に)】副詞:①またたく間(に)。すぐさま。たちどころ(に)。②突然(に)。にわか(に)。③現(に)。実際(に)。 ※古くは「に」を伴って用いることが多い(学研)

(注)芳音(ほういん):有り難いお便り

(注)翰苑(かんゑん)雲を凌(しの)ぐ:文章は勢いがあって雲を凌ぐよう。「翰苑」は文壇のこと。転じて文章。

(注)詞林(しりん)錦(にしき)を舒(の)ぶ:言葉の綾は錦を織ったよう。「詞林」は詩歌の譬え。

(注)ぼしゅん【暮春】;① 春の終わり。春の暮れ。晩春。② 陰暦3月の異称。(goo辞書)ここでは②の意

(注)「紅桃」、「戯蝶(きてふ)」、「翠柳(すいりう)」、「嬌鶯(けうあう)」等は遊仙窟にみえる語

(注の注)遊仙窟:中国唐代の小説。張鷟(ちょうさく)(字(あざな)は文成)著。主人公の張生が旅行中に神仙窟に迷い込み、仙女の崔十娘(さいじゅうじょう)と王五嫂(おうごそう)の歓待を受け、歓楽の一夜を過ごすという筋。四六文の美文でつづられている。中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来して、万葉集ほか江戸時代の洒落本などにも影響を与えた。古写本に付された傍訓は国語資料として貴重。遊僊窟。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)いい【依依】:[文][形動タリ]思い慕うさま。離れがたいさま。(goo辞書)⇒なよなよした様

(注)淡交(たんかう)に席(むしろ)を促(ちかづ)け、意を得て言を忘る:淡々たる君子の交際においては席を近づけただけで、互いの心は通じ合い、ことばは不要となる。

(注)幽襟(いうきん):交わって知られる奥深い心

(注)蘭蕙(らんけい)藂(くさむら)を隔て:蘭と蕙との香草が叢(くさむら)を隔てているように交際もかなわず

(注)琴樽(読み)きんそん:〘名〙 琴と酒樽。琴を奏したり酒を飲んだりすること。楽しく遊ぶこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)物色(ぶつしよく)人を軽(かろ)みせむかとは:自然の風情が人を軽んじることになりはしまいか。自然に侮られることをいう。

(注)藤を以もちて錦に続(つ)ぐ:駄作を秀作に継ぐことの譬え

(注)談笑(だんせう)に擬(なそ)ふらくのみ:お笑い草に当てようとするのみ

 

もう一首のほうもみてみよう。

 

◆夜麻我比迩 佐家流佐久良乎 多太比等米 伎美尓弥西氏婆 奈尓乎可於母波牟

                                   (大伴池主 巻十七 三九六七)

 

≪書き下し≫山峽(やまがひ)に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ

 

(訳)山あいに咲いている桜、その桜を、一目だけでもあなたにお見せたできたら、何の心残りがありましょう。(同上)

 

左注は、「沽洗二日掾大伴宿祢池主」<沽洗(こせん)の二日、掾(じょう)大伴宿禰池主>である。

(注)姑洗・沽洗(読み)こせん 〘名〙中国の音楽、十二律の姑洗を三月にあてるところから) 陰暦三月の異称。《季・春》(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 この手紙や歌に答えた形で、家持が池主に贈った歌等は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(854)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「goo辞書」