万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その962)―一宮市萩原町 萬葉公園(34)―万葉集 巻十四 三四二四

●歌は、「下つ毛野三毳の山のこ楢のすまぐはし子ろは誰か笥か持たむ」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(34)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(34)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆之母都家野 美可母乃夜麻能 許奈良能須 麻具波思兒呂波 多賀家可母多牟

               (作者未詳 巻十四 三四二四)

 

≪書き下し≫下(しも)つ毛(け)野(の)三毳(みかも)の山のこ楢(なら)のすまぐはし子ろは誰(た)か笥(け)か持たむ

 

(訳)下野の三毳の山に生(お)い立つ小楢の木、そのみずみずしい若葉のように、目にもさわやかなあの子は、いったい誰のお椀(わん)を世話することになるのかなあ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)下野:栃木県

(注)三毳の山:佐野市東方の山。大田和山ともいう。

(注)す+形容詞:( 接頭 ) 形容詞などに付いて、普通の程度を超えている意を添える。 「 -早い」 「 -ばしこい」(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)まぐわし -ぐはし【目細し】:見た目に美しい。(同上)

 

 この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(298)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 気になっているあの子は、誰に嫁ぐのかな・・・、東歌にしては純情な歌である。

 「東歌にしては」と書いてしまったが、「東歌」とは、と考えると次のような特徴を持っている。

コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」によると、「多くは労働や儀礼などの場で歌われた民謡や酒宴の席で歌われた歌など、東国の人々に共有されていた歌謡と思われる。(中略)万葉集東歌のおもな特徴を以下にあげる。

(1)労働などの一場面や身近な動植物その他の自然を生きた目でとらえた、いわば生活に密着した素材が取り上げられていること

(2)一首の前半から後半への意外な転換

(3)その結果として生じる笑いの世界

(4)抑制の少ないあらわな感情の表出

(5)(恋の苦しさを歌ってさえ)健康的で明るいこと

(6)方言、俗語など自分たちのことばを使っていること

 このような特徴は多く民謡の特徴でもあるのだが、全体として、素朴で生き生きとした歌いぶり、土の匂(にお)いに地方の民衆の息吹が感じられ、国語資料としても貴重な方言とともに、『万葉集』のなかでも異色の歌群として注目される。(後略)」

 

 上記のような特徴を持つ歌が「東歌」である。

 「東歌らしく装った歌」も含まれるであろうという説もある。

 

 「東歌」は、万葉集巻十四に収録されている。言い替えれば、巻十四の一巻が「東歌」で占められているという特異性を持っているのである。

 このことも持つ意味を考えてみる必要がある。

 

 巻十四は、遠江駿河、伊豆、相模、武蔵、上総、下総、常陸信濃、上野、下野、陸奥の「勘国歌(編纂時国名が判明していた歌)と「未勘国歌(判明していなかった歌)」とに分けられている。

 

東歌がこのように国別に収録されていることは、大伴家持が兵部少輔という兵務部の仕事をしていたことが関連しているのであろう。

 防人は、初めは九州の人を充てていたが、後に主として東国の人を充てるようになった。任期は三年で、毎年三分の一が交替させられるのである。

 命令により、それぞれの国の防人部領使(さきもりことりづかい)が、防人達を連れて来て、難波の京で中央の役人に引き継ぐのである。

 家持はこの任にあたっていたのである。引継ぎの時に防人達の歌が家持にわたっていたので万葉集に収録されたと考えられている。

 

 巻十四は、勘国歌では、「雑歌」、「相聞」、「譬喩」に部立が分けられ(雑歌という文言は原本ではあったが、欠落していると考えられている)、未勘国歌では、「雑歌」、「相聞」、「防人歌」、「譬喩歌」、「挽歌」に分類され、万葉集における他の巻に近い編纂がなされているのである。

 

神野志隆光氏は、その著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)の中で、万葉集における「巻十四の位置づけ」について、「『四方国』にあっても辺境足る『東(あづま)』までひとしく歌の世界は延びているということなのです。こうして、歌の世界をつくるなかでの『東』について、律令国家の文雅というとらえかたは一貫させられます。東国にまでおよんで―国家領域全体をおおうことになります―定型短歌がおおっていること、さらに、巻十四も、雑歌・相聞・比喩歌・挽歌という、他の巻とおなじ部立てをもって構成されることが、固有のことばによる独自な文芸の東国にまでおよぶ定着のすがたにほかなりません。」と述べられており、さらに「東国にも定型の短歌が浸透しているのを示すということです。それは中央の歌とは異なるかたちであらわれて東国性を示しますが、東歌によって、東国までも中央とおなじ定型短歌におおわれて、ひとつの歌の世界をつくるものとして確認されることとなります。そうした歌の世界をあらしめるものとして東歌の本質を見るべきです。それが『万葉集』における巻十四なのです」と述べられている。

(注)四方国(よもつくに):律令制成立以前の畿外諸国。(weblio辞書 歴史民俗用語辞典)

(注の注)【畿内】:《「畿」は王城から500里四方の地の意》【一】皇居に近い地。【二】京都に近い国々。山城・大和・河内・和泉・摂津の5か国。五畿内。きだい。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 万葉集の中での「東歌」をかかる観点からみていく視点には驚かされた。東歌といえども五・七・五・七・七で当たり前だと単純に思っていたが・・・。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「万葉集東歌論」 加藤静雄 著 (桜楓社)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 歴史民俗用語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」