万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その994)―名古屋市千種区東山元町 東山植物園(13)―万葉集 巻十 二二九六

●歌は、「あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ」である。

 

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名古屋市千種区東山元町 東山植物園(13)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山植物園(13)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居

                                 (作者未詳 巻十 二二九六)

 

≪書き下し≫あしひきの山さな葛(かづら)もみつまで妹(いも)に逢はずや我(あ)が恋ひ居(を)らむ

 

(訳)この山のさな葛(かずら)の葉が色付くようになるまで、いとしいあの子に逢えないままに、私はずっと恋い焦がれていなければならないのであろうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

 

「さなかずら」の皮を剥いでぬるま湯に浸し、出て来る粘液を男性用の整髪料として使ったことから「美男葛(びなんかずら)」とも呼ばれていたようである。

 

 この歌は、巻十の部立「秋相聞」の題詞「寄黄葉」の三首のうちの一首である

 万葉集では「もみじ」というと「黄葉」で表記されるが、今は「紅葉」と書く。

 しかし、万葉集で唯一「紅葉」と書き記された歌がある。これをみてみよう。

 

◆妹許跡 馬▼置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒

                (作者未詳 巻十 二二〇一) 

      ▼は「木へんに安」である。

 

≪書き下し≫妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉(もみぢ)散りつつ 

 

(訳)いとしい子のもとへと、馬に鞍を置いて、生駒山を鞭打ち越えてくると、もみじがしきりと散っている。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)いもがり【妹許】名詞:愛する妻や女性のいる所。 ※「がり」は居所および居る方向を表す接尾語。(学研)

 

堀内民一氏は、その著「大和万葉―その歌の風土」(桜楓社)のなかで「万葉集の表記では、一字一音の「毛美知婆(もみちば)」のほかは、紅葉(一例)、赤葉(一例)、赤(二例)で、赤系統は計四例である。他は黄葉(七十六例)、黄変(三例)、黄色(二例)、黄反(一例)と、黄系統は計八十八例で数の上では圧倒的である。」と書いておられる。

 

 この歌ならびに「黄葉と紅葉」については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その85)で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 藤原鎌足が鏡王女娉(つまど)ふ時にの贈答歌(九三、九四歌)の九四歌に「さなかづら」が詠まれているのでみてみよう。

 

題詞は、「内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首」<内大臣藤原卿(うちのおほまへつきみふぢはらのまへつきみ)、鏡王女を娉(つまど)ふ時に、鏡王女が内大臣に贈る歌一首>である。

(注)つまどふ【妻問ふ】自動詞:「妻問(つまど)ひ」をする。(学研)

(注の注)つまどひ【妻問ひ】名詞:異性のもとを訪ねて言い寄ること。求婚すること。特に、男が女を訪ねる場合にいう。また、(恋人や妻である)女のもとに通うこと。(学研)

 

◆玉匣 覆乎安美 開而行者 君名者雖有 吾名之惜裳

               (鏡王女 巻二 九三)

 

≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)覆(おほ)ひを易(やす)み明けていなば君が名はあれど我(わ)が名し惜しも

 

(訳)玉櫛笥の覆いではないが、二人の仲を覆い隠すなんてわけないと、夜が明けきってから堂々とお帰りになっては、あなたの浮名が立つのはともかく、私の名が立つのが口惜しうございます。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】名詞:櫛(くし)などの化粧道具を入れる美しい箱。 ※「たま」は接頭語。歌語。

(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(学研)

 

 

題詞は、「内大臣藤原卿報贈鏡王女歌一首」<内大臣藤原卿、鏡王女に報(こた)へ贈る歌一首>である。

 

◆玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之自  或本歌日玉匣三室戸山乃

               (藤原鎌足 巻二 九四)

 

≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)みもろの山のさな葛(かづら)さ寝(ね)ずはつひに有りかつましじ  或る本の歌には「たまくしげ三室戸山の」といふ

 

(訳)あんたはそんなにおっしゃるけれど、玉櫛の蓋(ふた)ならぬ実(み)という、みもろの山のさな葛(かずら)、そのさ寝ずは―共寝をしないでなんかいて―よろしいのですか、そんなことをしたらとても生きてはいられないでしょう。(同上)

(注)上三句は序。類音で「さ寝ずは」を起こす。

(注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒ なりたち 可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)

             

  この九三、九四歌を含む九一~九五歌の五歌は、同じ時のものではないが、「天智天皇と鏡王女」、「鏡王女と藤原鎌足」、「藤原鎌足采女」として一つのロマンスの流れを万葉集の編纂者によってまとめあげられたものである。

 万葉集は、ある意味「歌物語」的要素が強いのである。

 

九一、九二歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その109改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

九五歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その112改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

さなかずら、さねかずらを詠んだ歌は、万葉集には十首収録されている。これらのすべては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その731)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」  伊藤 博 著 (塙書房

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (桜楓社)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」