万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1014)―春日井市東野町 万葉の小道(11)―万葉集 巻十一 二三五三

●歌は、「泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻 あかねさし照れる月夜に人見てむかも」である。

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春日井市東野町 万葉の小道(11)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集)

 ●歌碑は、春日井市東野町 万葉の小道(11)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨 <一云人見豆良牟可>

               (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三五三)

 

≪書き下し≫泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我(わ)が隠(かく)せる妻(つま)あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも」である。<一には「人みつらむか」といふ>

 

(訳)泊瀬(はつせ)のこんもり茂る槻の木の下に、私がひっそりと隠してある、大切な妻なのだ。その妻を、あかあかと隈(くま)なく照らすこの月の夜に、人が見つけてしまうのではなかろうか。<人がみつけているのではなかろうか>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)泊瀬の斎槻:人の立ち入りを禁じる聖域であることを匂わす。「泊瀬」は隠処(こもりく)の聖地とされた。「斎槻」は神聖な槻の木。

(注)いつき【斎槻】名詞:神が宿るという槻(つき)の木。神聖な槻の木。一説に、「五十槻(いつき)」で、枝葉の多く茂った槻の木の意とも。※「い」は神聖・清浄の意の接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あかねさし【茜さし】 枕詞:茜色に美しく映えての意で、「照る」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

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歌の解説案内板

 

 上記の(注)にあるように、「泊瀬(はつせ)」は隠処(こもりく)の聖地であり、万葉集には、泊瀬にかかる枕詞として「こもりくの【隠り口の】」がみえる。大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。

 

この歌は、巻十一の部立「旋頭歌」(二三五一から二三六七歌)の一首である。

 

槻とは欅のことである。

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その535)」で紹介している。

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 続く二三五四歌も、同様に隠し妻を思う歌である。

 こちらもみてみよう。

 

◆健男之 念乱而 隠在其妻 天地 通雖光 所顕目八方<一云 大夫乃 思多鷄備弖

              (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三五四)

 

≪書き下し≫ますらおの思い乱れて隠せるその妻 天地(あめつち)に通り照るともあらはれやも<一には「ますらをの思ひたけびて」といふ>

 

(訳)男子たるものが千々に心を砕いて隠してある、たいせつな妻なのだ。あの妻が、たとえ、月が天地を貫いて照り輝くことがあろうとも、人に見つかることなどあるものか。<男子たるものがいきり立って>(同上)

(注)思ひたけぶ:あだし男に対していきり立つ意。

(注の注)あだし男【他し男】:(多く、夫以外の)ほかの男。別の男。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

二三五三歌の注にある「こもりくの泊瀬」ではじまる歌を長谷寺にある歌碑の歌でみてみよう。

 

◆隠口の 泊瀬之山丹 照月者 盈呉為焉 人之常無

                   (作者未詳 巻七 一二七〇)

 ※「かけ」の漢字が見当たらないので、「呉」としているが、口の所が日である。

 

≪書き下し≫こもりくの泊瀬(はつせ)の山(やま)に照る月は満(み)ち欠(か)けしけり人の常なき

 

(訳)あの泊瀬の山に照っている月は、満ちたり欠けたりしている。ああ、人もまた不変ではありえないのだ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)こもりくの【隠り口の】分類枕詞:大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。「こもりくの泊瀬(はつせ)」(weblio古語辞典>学研全訳古語辞典)

(注)つねなし【常無し】:変わりやすい。無常だ。はかない。(goo辞書)

 

 題詞は「寄物發思」である。 

(注)景物に寄せて、人生万般に関する感慨を述べた歌。

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その80改)」で紹介している。(初期のブログであったので、次の81改同様、タイトル写真は朝食の写真となっていますが、改訂し朝食関連の記事は削除し改訂しております。ご容赦下さい。)

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もう一首みてみよう。

 

◆隠口乃 始瀬山者 色附奴 鍾礼乃雨者 零尓家良思母

                (大伴坂上郎女 巻八 一五九三)

 

≪書き下し≫こもりくの泊瀬(はつせ)の山は色づきぬしぐれの雨はふりにけらしも

 

(訳)隠り処(こもりく)の泊瀬の山は見事に色づいてきた。時雨の雨は、早くもあの山々に降ったのであるらしい。(同上)

 

 題詞は、「大伴坂上郎女竹田庄作歌二首」<大伴坂上郎女竹田庄(たけたのたどころ)にして作る歌二首>である。

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その81改)」で紹介している。

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 万葉歌碑を巡り、歌を通して時間軸、空間軸の広がりを感じることができることに、今更ながらの驚きである。

 これからもじっくりと万葉歌とつきあっていきたい。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉