万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1025)―愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園(7)―万葉集 巻九 一六九四

●歌は、「栲領巾の鷺坂山の白つつじ我れににほはに妹に示さむ」である。

 

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愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園(7)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園(7)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆細比礼乃 鷺坂山 白管自 吾尓尼保波尼 妹尓示

             (柿本人麻呂歌集 巻九 一六九四)

 

≪書き下し≫栲領布(たくひれ)の鷺坂山の白(しら)つつじ我(わ)れににほはに妹(いも)に示(しめ)さむ

 

(訳)栲領布(たくひれ)のように白い鳥、鷺の名の鷺坂山の白つつじの花よ、お前の汚れのない色を私に染め付けておくれ。帰ってあの子の見せてやろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)たくひれ【栲領巾】〘名〙 :楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)。女子の肩にかける飾り布。

(注)たくひれの【栲領巾の】( 枕詞 ):① 栲領巾をかけることから、「かけ」にかかる。② 栲領巾の白いことから、「白」または地名「鷺坂(さぎさか)山」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)領布(ひれ): 古代の服飾具の一。女性が首から肩にかけ、左右に垂らして飾りとした布帛(ふはく)。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意

 

領布(ひれ)」についてもう少し知りたいので、國學院大學デジタルミュージアム「万葉神事語事典」を検索してみた。詳しく書かれているので引用させていただく。

 

「首に掛ける細長い薄布のこと。女子が首から肩へ掛け垂らし、その布は左右へ長く垂れる。『和名抄』に「背子、婦人表衣以錦之領巾 日本紀私記云、比礼 婦人項上飾也」とある。万葉集巻5に松浦左用姫が夫大伴狭手彦との別れ際に、高い山の嶺に登り「領巾」を手にとって振ったという。この左用姫が「領巾」を振った山を「領巾振の嶺」(佐賀県唐津市の東、虹の松原の南の鏡山)と呼ぶようになった。「領巾」は、女性の装身具の一つであるが、また呪力のあるものとされ、振れば念願がかなうとされた。左用姫は任那に使いする夫との別離を深く悲しみ、夫の魂を呼び寄せるために領巾を振ったのである。領巾には「天領巾」というものがあり、柿本人麻呂の「泣血哀慟歌」では「白栲の 天領巾隠り」(2-210、2-213)と、死んだ妻の姿を、真っ白い美しい「領巾」が包んだとあり、ここには天上の乙女、七夕の織女が身に付けていた領巾が見られる(8-1520、10-2041)。そうした領巾が「天領巾」であろう。他に「栲領巾」も見られ、楮の類の樹皮から採った白い繊維で作られた「領巾」のことである(3-285、9-1694、11-2823)。さらに「蜻蛉領巾」と言われる高級品があり、とんぼの羽のように透き通った極上の領巾である(13-3314)。そのような上等な「領巾」は、母の形見として娘に受け継がれていく物のようである。」

 

 ここに書かれている歌をみていき「領布(ひれ)」を探っていこう。

 

まず、柿本人麻呂の「泣血哀慟歌」からみてみよう。

 題詞は、「柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首幷短歌」<柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟(きふけつあいどう)して作る歌二首幷(あは)せて短歌>である。

構成は、「二〇七(長歌)、二〇八、二〇九(反歌)」と「二一〇(長歌)、二一一、二一二(反歌)」の歌群である。さらにもう一つの歌群があり、「或本の歌に日はく」とあり、二一三(長歌)、二一四から二一六歌(反歌)」が収録されている。

 

◆打蝉等 念之時尓<一云宇都曽臣等念之> 取持而 吾二人見之 趍出之 堤尓立有 槻木之 己知碁智乃枝之 春葉之 茂之如久 念有之 妹者雖有 馮有之 兒等尓者雖有 世間乎 背之不得者 蜻火之 燎流荒野尓 白妙之 天領巾隠 鳥自物 朝立伊麻之弖 入日成 隠去之鹿齒 吾妹子之 形見尓置有 若兒乃 乞泣毎 取與 物之無者 鳥徳自物 腋挟持 吾妹子与 二人吾宿之 枕付 嬬屋之内尓 晝羽裳 浦不楽晩之 夜者裳 氣衝明之 嘆友 世武為便不知尓 戀友 相因乎無見 大鳥乃 羽易乃山尓 吾戀流 妹者伊座等 人云者 石根左久見手 名積来之 吉雲曽無寸 打蝉等 念之妹之 珠蜻 髪髴谷裳 不見思者

                                   (柿本人麻呂 巻二 二一〇)

 

≪書き下し≫うつせみと 思ひし時に<一には「うつそみと思ひし」といふ> 取り持ちて 我(わ)がふたり見し 走出(はしりで)の 堤(つつみ)に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂(しげ)きがごとく 思へりし 妹(いも)にはあれど 頼めりし 子らにはあれど 世間(よのなか)を 背(そむ)きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野(あらの)に 白栲(しろたへ)の 天領巾(あまひれ)隠(がく)り 鳥じもの 朝立(あさだ)ちいまして 入日(いりひ)なす 隠(かく)りにしかば 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふる 物しなければ 男(をとこ)じもの 脇(わき)ばさみ持ち 我妹子と ふたり我が寝(ね)し 枕付(まくらづ)く 妻屋(つまや)のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為(せ)むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥(おほとり)の 羽がいひの山に 我(あ)が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根(いはね)さくみて なづみ来(こ)し よけくもぞなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば

 

(訳)あの子がずっとうつせみのこの世の人だとばかり思い込んでいた時に<うつそみのこの世の人だとばかり思い込んでいた>、手に取りかざしながらわれらが二人して見た、長く突き出た堤に立っている槻の木の、そのあちこちの枝に春の葉がびっしり茂っているように、絶え間なく思っていたいいとしい子ではあるが、頼りにしていたあの子ではあるが、常なき世の定めに背くことはできないものだから、陽炎(かげろう)の燃え立つ荒野に、真っ白な天女の領布(ひれ)に蔽(おほ)われて、鳥でもないのに朝早くわが家をあとにして行かれ、山に入り沈む日のように隠れてしまったので、あの子が形見に残していった幼な子が物欲しさに泣くたびに、何をあてごうてよいやらあやすすべも知らず、男だというのに小脇に抱きかかえて、あの子と二人して寝た離れの中で、昼はうら寂しく暮らし、夜は溜息(ためいき)ついて明かし、こうしていくら嘆いてもどうしようもなく、いくら恋い慕っても逢える見込みもないので、大鳥の羽がいの山に私の恋い焦がれるあの子はいると人が言ってくれるままに、岩を押しわけ難渋してやって来たが、何のよいこともない。ずっとこの世の人だとばかり思っていたあの子の姿がほんのりともみえないことを思うと。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はしりで【走り出】家から走り出たところ。家の門の近く。一説に山裾(すそ)や堤などが続いているところ。「わしりで」とも。(学研)

(注)こちごち【此方此方】あちこち。そこここ。 ※上代語(学研)

(注)ひれ【領巾・肩巾】名詞:首から両の肩に掛けて左右に垂らす、細長くて薄い、白い絹布。古代から魔よけなどの力をもつと信じられ、祭儀のときの服飾にも使われ、男女ともに用いた。平安時代からは女性のみの装飾品となり、礼服・朝服として用いられた。(学研)

(注)とりじもの【鳥じもの】枕詞:鳥のようにの意から「浮き」「朝立ち」「なづさふ」などにかかる。 ※「じもの」は接尾語。(学研)

(注)をとこじもの【男じもの】副詞:男であるのに。 ※「じもの」は接尾語。(学研)

(注)まくらづく【枕付く】分類枕詞:枕が並んでくっついている意から、夫婦の寝室の意の「妻屋(つまや)」にかかる。(学研)

(注)羽がひの山:妻を隠す山懐を鳥の羽がいに見立てたもので、天理市桜井市にまたがる竜王山か。

 

 伊藤 博氏は、「白妙之 天領巾隠」を「真っ白な天女の領布(ひれ)に蔽(おほ)われて」と訳しておられ、脚注で「柩に納めた妻の美的表現」と書かれている。

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その177改)」で紹介している。

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 次に一五二〇歌をみてみよう。題詞「山上憶良が七夕の歌十二首」の内の一首である。

 

◆牽牛者 織女等 天地之 別時由 伊奈宇之呂 河向立 思空 不安久尓 嘆空 不安久尓 青浪尓 望者多要奴 白雲尓 渧者盡奴 如是耳也 伊伎都枳乎良牟 如是耳也 戀都追安良牟 佐丹塗之 小船毛賀茂 玉纒之 真可伊毛我母 <一云 小棹毛何毛> 朝奈藝尓 伊可伎渡 夕塩尓<一云 夕倍尓毛> 伊許藝渡 久方之 天河原尓 天飛也 領巾可多思吉 真玉手乃 玉手指更 餘宿毛 寐而師可聞 <一云 伊毛左祢而師加> 秋尓安良受登母 <一云 秋不待登毛>

               (山上憶良 巻八 一五二〇)

 

≪書き下し≫彦星(ひこほし)は 織女(たなばたつめ)と 天地(あめつち)の 別れし時ゆ いなむしろ 川に向き立ち 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 青波(あおなみ)に 望(のぞみ)は絶えぬ 白雲に 涙(なみた)は尽きぬ かくのみや 息(いき)づき居(を)らむ かくのみや 恋ひつつあらむ さ丹(に)塗(ぬ)りの 小舟(をぶね)もがも 玉巻(たまま)きの 真櫂(まかい)もがも <一には「小棹もがも」といふ> 朝なぎに い掻(か)き渡り 夕潮(ゆふしほ)に <一には、「夕にも」といふ> い漕(こ)ぎ渡り ひさかたの 天(あま)の川原(かはら)に 天飛(あまと)ぶや 領巾(ひれ)片敷き 真玉手(またまで)の 玉手さし交(か)へ あまた夜(よ)も 寐(い)ねてしかも <一には「寐もさ寝てしか」といふ> 秋にあらずとも <一には、「秋待たずとも」といふ>

 

(訳)彦星は織女と、天と地とが別れた遠い昔から天の川に向かい立って、思う心のうちも安らかでなく、嘆く心のうちも苦しくてならないのに、広々と漂う青波に隔てられて織女のいる向こうは見えもしない。はるかにたなびく白雲に仲を遮(さえぎ)られて嘆く涙は涸(か)れてしまった。ああ、こんなにして溜息(ためいき)ばかりついておられようか。こんなにして恋い焦がれてばかりおられようか。赤く塗った舟でもあればなあ。玉をちりばめた櫂(かい)でもあったらな<小さな棹(さお)でもあればなあ>。朝凪(あさなぎ)に水をかいて渡り、夕方の満ち潮に<夕方にでも>乗って漕ぎ渡り、天の川の川原にあの子の領布(ひれ)を敷き、玉のような腕(かいな)をさし交わして、幾晩も幾晩も寝たいものだ。<共寝をしたいものだ>。七夕の秋ではなくとも<七夕の秋を待たなくても>。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。(学研) ここでは④の意

(注)あまとぶや【天飛ぶや】分類枕詞:①空を飛ぶ意から、「鳥」「雁(かり)」にかかる。②「雁(かり)」と似た音の地名「軽(かる)」にかかる。③空を軽く飛ぶといわれる「領巾(ひれ)」にかかる。(学研)

(注)領巾(ひれ)片敷き:領布を床として敷いて。「片」は、ここは領布が織女専用のものであることを示す接頭語的用法か。

(注)たまで【玉手】:玉のように美しい手。また、手の美称。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その913)」で紹介している。

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続いて二〇四一歌である。

 

◆秋風の吹きただよはす白雲は織女(たなばたつめ)の天(あま)つ領布(ひれ)かも

               (作者未詳 巻十 二〇四一)

 

(訳)秋風が吹き漂わしているあの白い雲は、織姫が纏(まと)っている天つ領布なのであろうか。「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

二八五歌は、題詞「丹比真人笠麻呂徃紀伊國超勢能山時作歌一首」<丹比真人笠麻呂(たぢひのまひとかさまろ)、紀伊の国(きのくに)に往(ゆ)き、背(せ)の山を越ゆる時に作る歌一首>である。

 

◆栲領巾乃 懸巻欲寸 妹名乎 此勢能山尓 懸者奈何将有 <一云 可倍波伊香尓安良牟>

                (丹比真人笠麻呂 巻三 二八五)

 

≪書き下し≫栲領巾(たくひれ)の懸(か)けまく欲(ほ)しき妹(いも)の名をこの背の山に懸(か)けばいかにあらむ<一には「替へばいかにあらむ」といふ>

 

(訳)栲領巾(たくひれ)を肩に懸けるというではないが、口に懸けて呼んでみたい“妹”という名、その名をこの背の山につけて、“妹”の山と呼んでみたらどうであろうか。<この背の山ととり替えてみたらどうであろうか>(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)一)

(注)たくひれの【栲領巾の】分類枕詞:「たくひれ」の色が白いことから、「白(しら)」「鷺(さぎ)」に、また、首に掛けるところから、「懸(か)く」にかかる。(学研)

(注)かく【懸く・掛く】他動詞:①垂れ下げる。かける。もたれさせる。 ②話しかける。口にする。(学研より)

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1022)」で紹介している。

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 二八二二、二八二三歌もみてみよう。

 

◆栲領巾(たくひれ)の白浜波(しらはまなみ)の寄りもあへず荒ぶる妹(いも)に恋ひつつぞ居(を)る<一には「恋ふるころかも」といふ>

               (作者未詳 巻十一 二八二二)

 

(訳)栲領巾の白というではないが、その白浜にうちよせる波のようには、そばに近寄れもしないほどつっけんどんなあなたに、焦がれつづけています。<恋い焦がれているこのごろです>(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆かへらまに君こそ我(わ)れに栲領巾の白浜波の寄る時もなさ

               (作者未詳 巻十一 二八二三)

 

(訳)あべこべに、あなたこそ私に、栲領巾の白浜にうちよせる波のように、近寄って来られる時などないではありませんか。(同上)

(注)かへらまに:逆に

 

 

 

◆次嶺経 山背道乎 人都末乃 馬従行尓 己夫之 歩従行者 毎見 哭耳之所泣 曽許思尓 心之痛之 垂乳根乃 母之形見跡 吾持有 真十見鏡尓 蜻領巾 負並持而 馬替吾背

               (作者未詳 巻十三 三三一四)

 

≪書き下し≫つぎねふ 山背道(やましろぢ)を 人夫(ひとづま)の 馬より行くに 己夫(おのづま)し 徒歩(かち)より行けば 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ そこ思(おも)ふに 心し痛し たらちねの 母が形見(かたみ)と 我(わ)が持てる まそみ鏡に 蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ) 負(お)ひ並(な)め持ちて 馬買(か)へ我(わ)が背

 

(訳)つぎふね山背道 山背へ行くその道を、よその夫は馬でさっさと行くのに、私の夫はとぼとぼと足で行くので、そのさまを見るたびに泣けてくる。そのことを思うと心が痛む。母さんの形見として私がたいせつにしている、まそ鏡に蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ)、これを品々に添えて負い持って行き、馬を買って下さい。あなた。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)つぎねふ 分類枕詞:地名「山城(やましろ)」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)より 格助詞《接続》体言や体言に準ずる語に付く。①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段・方法〕…で。④〔比較の基準〕…より。⑤〔範囲を限定〕…以外。…より。▽多く下に「ほか」「のち」などを伴って。⑥〔原因・理由〕…ために。…ので。…(に)よって。⑦〔即時〕…やいなや。…するとすぐに。

※参考(1)⑥⑦については、接続助詞とする説もある。(2)上代、「より」と類似の意味の格助詞に「よ」「ゆ」「ゆり」があったが、中古以降は用いられなくなり、「より」のみが残った。(学研) ここでは③の意。

(注)まそみかがみ 【真澄鏡】名詞:よく澄んで、くもりのない鏡。 ※「ますみのかがみ」の変化した語。中古以後の語で、古くは「まそかがみ」。(学研)

(注)あきづひれ【蜻蛉領巾】名詞:とんぼの羽のように薄く美しい細長い布。上代の婦人の装身具。(学研)

 

「真澄鏡」と「蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ)」で馬一頭が買えたようである。

 

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その326)」で紹介している。

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 以上の歌から見ていくと、「領巾(ひれ)」とは、首から両の肩に掛けて左右に垂らす、薄くて細長い布製の装身具で、古代から呪力をもつと信じられていた。その種類としては次のようなものがある。

 天女や織姫が身に着ける美しい装飾用(機能的?)の布が「天領巾(あまつひれ)」と呼ばれていたようである。天女の羽衣のようなイメージか(中国とは異なるようである)。

 楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)は、「栲領巾(たkひれ)」と呼ばれ、儀式的に用いるが、実用的なものであったと思われる。

 多分絹製と思われるが、トンボの羽のように透き通った上等な領布(ひれ)が、「蜻蛉領巾(あきづひれ)」と呼ばれていたようである。

 

 歌から、当時の生活様式などを窺い知ることができる。こういったアプローチの仕方も面白いものである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉神事語事典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「コトバンク デジタル大辞泉