●歌は、「託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出にけり」である。
●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(54)にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首」<笠女郎(かさのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌三首>である。
◆託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来
(笠女郎 巻三 三九五)
≪書き下し≫託馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(し)めいまだ着ずして色に出(い)でにけり
(訳)託馬野(つくまの)に生い茂る紫草、その草で着物を染めて、その着物をまだ着てもいないのにはや紫の色が人目に立ってしまった。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「着る」は契りを結ぶことの譬え
(注)むらさき【紫】名詞:①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。古くから「武蔵野(むさしの)」の名草として有名。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
◆陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎
(笠女郎 巻三 三九六)
≪書き下し≫陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを
(訳)陸奥の真野の草原、この草原は遠くの遠くにある地でございますが、面影としてはっきり見えると世間では言っているのではありませんか。なのにあなたはどうして見えてくれないのですか。(同上)
◆奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳
(笠女郎 巻三 三九七)
≪書き下し≫奥山の岩本(いはもと)菅(すげ)を根(ね)深(ふか)めて結びし心忘れかねつも
(訳)奥山の岩かげに生い茂る菅、その菅の根をねんごろに結び合ったあの時の気持ちは、忘れようとも忘れられません。(同上)
(注)上四句は深く契りを交わす譬え、
深く契りを交わした恋の絶頂期ともいうべき過程が情熱的に詠われている。淡々と情景描写でもって比喩しつつその心情の熱さをにじませているのである。
このような女性であるが、家持は別れている。
次にとりあげるが、笠女郎は家持に二十四首もの歌を贈っている。それを万葉集に収録しているのは、うがった見方をすれば、家持は別れの正当性を二十四首の歌を収録することによってアピールしているのだろうか。防人の歌の場合、「拙劣の歌は取り載せず」としていたが、歌としての価値を認めつつ、それを前に押し出して言わんといたのであろうか。
そうすると、万葉集とは、と考えさせられる。
なぜ二十四首もの歌を収録する必要があったのか考えるためにあえて本稿で二十四首の歌すべてを取り上げたのである。
題詞「笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首」<笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌廿四首>では、恋の成熟の後、やがて別れにいたるまでの心情の変化が見て取れる。
全二十四歌をみてみよう。
◆吾形見 ゝ管之努波世 荒珠 年之緒長 吾毛将思
(笠女郎 巻四 五八七)
≪書き下し≫我(わ)が形見(かたみ)見つつ偲はせあらたまの年の緒(を)長く我(あ)れも偲はむ
(訳)さしあげた私の形見の品、その品を見ながら思い出してください。長井年月をいつまでもいつまでも、私もあなたを思いつづけておりましょう。(同上)
◆白鳥能 飛羽山松之 待乍曽 吾戀度 此月比乎
(笠女郎 巻四 五八八)
≪書き下し≫白鳥(しらとり)の飛羽山(とばやま)松(まつ)の待ちつつぞ我(あ)が恋ひわたるこの月ごろを
(訳)白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、おいでを待ちながら私は慕いつづけております。この何か月もの間を。(同上)
◆衣手乎 打廻乃里尓 有吾乎 不知曽人者 待跡不来家留
(笠女郎 巻四 五八九)
≪書き下し≫衣手(ころもで)を打廻(うちみ)の里にある我(わ)れを知らにぞ人は待てど来(こ)ずける
(訳)打廻(うちみ)の里にいる私なのに、ご存じないので、あの方はいくら待っても来られなかったのだなあ。(同上)
(注)ころもでの【衣手の】分類枕詞:①袂(たもと)を分かって別れることから「別(わ)く」「別る」にかかる。②袖(そで)が風にひるがえることから「返る」と同音の「帰る」にかかる。③袖の縁で導いた「手(た)」と同音を含む地名「田上山(たなかみやま)」にかかる。(学研)
(注の注)衣を打つの意から、「打廻」の枕詞。
◆荒玉 年之經去者 今師波登 勤与吾背子 吾名告為莫
(笠女郎 巻四 五九〇)
≪書き下し≫あらたまの年の経(へ)ぬれば今しはとゆめよ我(わ)が背子(せこ)我(わ)が名告(の)らすな
(訳)年も経(た)ったことゆえ、今ならそうさしさわりはないなどと、めったにあなた、私の名を洩らさないで下さいね。(同上)
◆吾念乎 人尓令知哉 玉匣 開阿氣津跡 夢西所見
(笠女郎 巻四 五九一)
≪書き下し≫我(あ)が思ひを人に知るれか玉櫛笥(たまくしげ)開(ひら)きあけつと夢(いめ)にし見ゆる
(訳)胸の奥に秘めた私の思いを人に知られたせいなのでしょうか、心当りもないのに、大切な玉櫛笥の蓋(ふた)を開けた夢を見ました。(同上)
(注)理由なく櫛笥を開けると二人の仲が壊れるとされた。
◆闇夜尓 鳴奈流鶴之 外耳 聞乍可将有 相跡羽奈之尓
(笠女郎 巻四 五九二)
≪書き下し≫闇(やみ)の夜(よ)に鳴くなる鶴(たづ)の外(よそ)のみに聞きつつかあらむ逢ふとはなしに
(訳)闇夜に鳴く鶴が、声ばかりで姿を見せないように、他人事(ひとごと)のようにお噂を聞いてばかりいるのであろうか。お逢いすることもないままに。(同上)
(注)上二句は序。「外のみに聞く」を起こす。
◆君尓戀 痛毛為便無見 楢山之 小松下尓 立嘆鴨
(笠女郎 巻四 五九三)
≪書き下し≫君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松(こまつ)が下(した)に立ち嘆くかも
(訳)君恋しさにじっとしていられなくて、奈良山の小松が下に立ちいでて嘆いております。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より
(注)「松」に「待つ」の意を懸ける。同じ奈良内に住ながら切なく待たねばならぬ意をこめる。
◆吾屋戸之 暮陰草乃 白露之 消蟹本名 所念鴨
(笠女郎 巻四 五九四)
≪書き下し≫我がやどの夕蔭草(ゆふかげくさ)の白露の消(け)ぬがにもとな思ほゆるかも
(訳)わが家の庭の夕蔭草に置く白露のように、今にも消え入るばかりに、むしょうにあの方のことが思われる。(同上)
(注)上三句は序。「消ぬがに」を起こす。作者の人恋う姿を連想させる。
(注)夕蔭草:夕日に照り映える草。
◆吾命之 将全牟限 忘目八 弥日異者 念益十方
(笠女郎 巻四 五九五)
≪書き下し≫我(わ)が命(いのち)の全(また)けむ限り忘れめやいや日に異(け)には思ひ増(ま)すとも
(訳)私の命が全うである限り、あの方を忘れることがあろうか。日増しにますます恋しさの募ってゆくことはあっても。(同上)
(注)ひにけに【日に異に】分類連語:日増しに。日が変わるたびに。(学研)
◆八百日徃 濱之沙毛 吾戀二 豈不益歟 奥嶋守
(笠女郎 巻四 五九六)
≪書き下し≫八百日(やほか)行(ゆ)く浜の真砂(まさご)も我(あ)が恋にあにまさらじか沖(おき)つ島守(しまもり)
(訳)通り過ぎるのに八百日もかかる浜の砂の数であっても、私の恋の重荷に比べればとてもかなうまいね。沖の島守よ、(同上)
(注)あに【豈】副詞:①〔下に打消の語を伴って〕決して。少しも。②〔下に反語表現を伴って〕どうして。なんで。 ⇒参考 中古以降は漢文訓読体にもっぱら用いられ、ほとんどが②の用法となった。(学研)
◆宇都蝉之 人目乎繁見 石走 間近君尓 戀度可聞
(笠女郎 巻四 五九七)
≪書き下し≫うつせみの人目(ひとめ)を繁(しげ)み石橋(いしばし)の間近
まち)き君に恋ひわたるかも
(訳)世間の人目が多いので、飛石の間(ま)ほどの近くにおられるあなたに、逢うこともなく恋い続けている私です。(同上)
(注)いはばしの【石橋の・岩橋の】分類枕詞:浅瀬に石を並べて橋と見立て、その飛び石の間隔が広かったり狭かったりすることから、「間(ま)」「近き」「遠き」などにかかる。(学研)
◆戀尓毛曽 人者死為 水<無>瀬河 下従吾痩 月日異
(笠女郎 巻四 五九八)
≪書き下し≫恋にもぞ人は死にする水無瀬(みなせ)川下(した)ゆ我(わ)れ痩(や)す月に日に異(け)に
(訳)恋の苦しみのためにだって人は死ぬことがあるものです。水無瀬川のように、人知れず私は痩せ細るばかりです。月ごと日ごと。(同上)
(注)みなせがは【水無瀬川】分類枕詞:水無瀬川の水は地下を流れるところから、「下(した)」にかかる。(学研)
◆朝霧之 欝相見之 人故尓 命可死 戀渡鴨
(笠女郎 巻四 五九九)
≪書き下し≫朝霧(あさぎり)のおほに相見(あひみ)し人故(ゆゑ)に命死ぬべく恋ひわたるかも
(訳)朝霧のようにおぼろげに見ただけなのに、私は死ぬほど激しく恋つづけているのです。(同上)
(注)あさぎりの【朝霧の】分類枕詞:朝霧が深くたちこめることから「思ひまどふ」「乱る」「おほ(=おぼろなようす)」などにかかる。(学研)
(注)おほなり【凡なり】形容動詞:①いい加減だ。おろそかだ。②ひととおりだ。平凡だ。 ※「おぼなり」とも。上代語。(学研)
◆伊勢海之 礒毛動尓 因流波 恐人尓 戀渡鴨
(笠女郎 巻四 六〇〇)
≪書き下し≫伊勢の海の礒もとどろに寄する波畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも
(訳)伊勢の海の磯もとどろくばかりに寄せる波、その波のように恐れ多い方に私は恋い続けているのです。(同上)
(注)上三句は序。「畏き」を起こす。
(注)かしこし【畏し】形容詞:①もったいない。恐れ多い。②恐ろしい。恐るべきだ。③高貴だ。身分が高い。貴い。(学研)
◆従情毛 吾者不念寸 山河毛 隔莫國 如是戀常羽
(笠女郎 巻四 六〇一)
≪書き下し≫心ゆも我(あ)は思はずき山川(やまかは)も隔(へだ)たらなくにかく恋ひむとは
(訳)私はついぞ思ってもみませんでした。山や川を隔てて遠く離れているわけでもないのに、こんなに恋に苦しむことになろうとは。(同上)
(注)注)心ゆも:心の片端にさえも。打消しや反語を伴って用いる。
(注の注)ゆ 格助詞《接続》体言、活用語の連体形に付く。:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考 上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(学研)
◆暮去者 物念益 見之人乃 言問為形 面景尓而
(笠女郎 巻四 六〇二)
≪書き下し≫夕されば物思(ものも)ひまさる見し人の言(こと)とふ姿面影にして
(訳)夕方になると、ひとしお物思いが募ってくる。前にお目にかかったお方の、物を問いかけて下さる姿が目の前にちらついて。(同上)
(注)こととふ【言問ふ】:①ものを言う。言葉を交わす。②尋ねる。質問する。③訪れる。訪問する。(学研)
◆念西 死為物尓 有麻世波 千遍曽吾者 死變益
(笠女郎 巻四 六〇三)
≪書き下し≫思ひにし死にするものにあらませば千(ち)たびぞ我(わ)れは死にかへらまし
(訳)恋の思いに人が死ぬものであったならば、私は千度も繰り返して死んでおりましょう。(同上)
(注)かへらふ【帰らふ・還らふ・反らふ】分類連語:①次々と(度々(たびたび))かえる。②繰り返す。③しきりに…する。 ⇒ なりたち 動詞「かへる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)
◆劔大刀 身尓取副常 夢見津 何如之恠曽毛 君尓相為
(笠女郎 巻四 六〇四)
≪書き下し≫剣大刀(つるぎたち)身に取り添(そ)ふと夢(いめ)に見つ何なに)の兆(さが)ぞも君に逢はむため
(訳)剣の大刀を身に添えて持ったと夢に見ました。いったいこれは何の前兆なのでしょう。きっと男らしいあの方にお逢いできるからなのでしょう。(同上)
◆天地之 神理 無者社 吾念君尓 不相死為有
(笠女郎 巻四 六〇五)
≪書き下し≫天地(あめつち)の神に理(ことわり)なくはこそ我(あ)が思う君に逢はず死にせめ
(訳)天地を支配される神々にもし道理がなければ、その時こそ、お慕い申しているあの方に逢えないまま、死んでしまうことになりましょうか・・・。(同上)
◆吾毛念 人毛莫忘 多奈和丹 浦吹風之 止時無有
(笠女郎 巻四 六〇六)
≪書き下し≫(あ)我れも思ふ人もな忘れ多奈和丹浦吹く風のやむ時なかれ
(訳)私もこれほど思っている。あの人も私を忘れないでほしい。多奈和丹 海岸を吹きつける風のように、やむことなく思いつづけてほしい。(同上)
(注)多奈和丹:訓義未詳。
◆皆人乎 宿与殿金者 打礼杼 君乎之念者 寐不勝鴨
(笠女郎 巻四 六〇七)
≪書き下し≫皆人(みなひと)を寝よとの鐘(かね)は打つなれど君をし思へば寐寝(いね)かてぬかも
(訳)皆の者寝静まれ、という亥(い)の刻(こく)の鐘を打つのが聞こえてくるけれども、あなたのことを思と眠ろうにも眠れません。(同上)
(注)いねがてにす【寝ねがてにす】分類連語;寝付きにくくなる。 ⇒ なりたち 動詞「いぬ」の連用形+補助動詞「かつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」+サ変動詞「す」からなる「いねかてにす」の濁音化。(学研)
◆不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如
(笠女郎 巻四 六〇八)
≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼(がき)の後方(しりへ)に額(ぬか)づくごとし
(訳)私を思ってもくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像のうしろから地に額(ぬか)ずいて拝むようなものです。(同上)
(注)餓鬼像:餓鬼道に堕ちた亡者の像。
(注)餓鬼の後方に額づくごとし:餓鬼像を背後から拝んでも効果がない。自嘲の戯れの中に絶望を見せる。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その2改)」で紹介している。
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◆従情毛 我者不念寸 又更 吾故郷尓 将還来者
(笠女郎 巻四 六〇九)
<書き下し>心ゆも我(あ)は思はずきまたさらに我(わ)が故郷(ふるさと)に帰り来(こ)むとは
(訳)ついぞ思ってもみませんでした。またもや、私が昔住んだ里に帰ってこようなどとは。(同上)
(注)心ゆも:心の片端にさえも。打消しや反語を伴って用いる。
(注の注)ゆ 格助詞《接続》体言、活用語の連体形に付く。:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考 上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(学研)
◆近有者 雖不見在乎 弥遠 君之伊座者 有不勝自
(笠女郎 巻四 六一〇)
≪書き下し≫近くあれば見ねどもあるをいや遠く君がいまさば有りかつましじ
(訳)近くにおれば逢えなくてもまだ堪えられますが、いよいよ遠くあなたと離れてしまうことになったら、とても生きてはいられないでしょう。(同上)
(注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒
なりたち 可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)
六〇九、六一〇歌の左注は、「右の二首は、相別れて後に、さらに来贈(おく)る」である。これに対しては、さすがに家持もお義理のような返歌(六一一、六一二歌)を贈っている。
六〇九から六一二歌のくだりは、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その14改)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の人びと」犬養 孝 著 (新潮文庫)
★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社)
★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」 奈良市HP
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」