●歌は、「かはづ鳴く六田の川の川楊のねもころ見れど飽かぬ川かも」である。
●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(59)にある。
●歌をみてみよう。
◆河蝦鳴 六田乃河之 川楊乃 根毛居侶雖見 不飽河鴨
(絹 巻九 一七二三)
≪書き下し≫かはづ鳴く六田(むつた)の川の川楊(かはやなぎ)のねもころ見れど飽(あ)かぬ川かも
(訳)河鹿の鳴く六田の川の川楊の根ではないが、ねんごろにいくら眺めても、見飽きることのない川です。この川は。(同上)
(注)川楊:川辺に自生する。挿し木をしてもすぐに根付くほどの旺盛な生命力を持っている。ネコヤナギとも言われる。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会)
(注)上三句は序。「ねもころ」を起こす。
(注)ねもころ【懇】副詞:心をこめて。熱心に。「ねもごろ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
この歌の題詞は、「絹歌一首」<絹が歌一首>である。
(注)絹:伝未詳。土地の遊行女婦か。
吉野川域の「六田」を詠った歌は三首収録されているが、他の二首もみてみよう。
◆今敷者 見目屋跡念之 三芳野之 大川余杼乎 今日見鶴鴨
(作者未詳 巻七 一一〇三)
≪書き下し≫今しくは見めやと思ひしみ吉野(よしの)の大川淀(おほかわよど)を今日(けふ)見つるかも
(訳)当分は見られないと思っていたみ吉野の大川淀、その淀を、幸い今日はっきりとこの目に納めることができた。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)今しく:当分は。「今しく」は形容詞「今し」の名詞形。
(注)大川淀:吉野川六田の淀。
一一〇五歌は、吉野川の六田(むつた)の淀を詠った歌である。こちらもみてみよう。
◆音聞 目者末見 吉野川 六田之与杼乎 今日見鶴鴨
(作者未詳 巻七 一一〇五)
≪書き下し≫音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田(むつた)の淀(よど)を今日見つるかも
(訳)噂に聞くだけで、この目で見たこともない、吉野川の六田の淀、その淀を今日やっと見ることができた。(同上)
(注)六田:吉野町六田・大淀町北六田あたり。近くに近鉄吉野線の「六田駅」があるが、今は「むだえき」とよんでいる。
この三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その767)」の中で紹介している。
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「柳」と「楊」について、春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板に次のように説明されている。
「『ヤナギ』は万葉集中に三十九首も表現されているが、日本在来の枝葉があがる『楊(ヤナギ)』と、中国から渡来した枝葉が垂れ下がる『柳(ヤナギ)』とがあり、『楊』の字は『カワヤナギ』を表し、『柳』の字は『シダレヤナギ』を表している。(中略)『川柳(カワヤナギ)』は・・・『猫柳(ネコヤナギ)』とも呼ばれ・・・早春の生け花にネコヤナギの雄花が使われ、挿し木をしてもすぐ根付くほど旺盛な生命力があるので春を感じさせる植物として親しまれる。」
「カワヤナギ」を詠んだ歌は万葉集に四首収録されている。この四首については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その262改)で紹介している。
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一七二三歌を含む一七二〇から一七二五歌は、巻七に収録された「柿本人麻呂歌集に出(い)づ」の一群で「吉野」を詠っている。
他の五首をみてみよう。
題詞は、「元仁(がんじん)が歌三首」である。
◆馬屯而 打集越来 今日見鶴 芳野之川乎 何時将顧
(元仁 巻九 一七二〇)
≪書き下し≫馬並(な)めて打(う)ち群(む)れ越え来(き)今日(けふ)見つる吉野(よしの)の川(かは)をいつかへり見む
(訳)馬をあまた並べて、鞭(むち)くれながらみんなで越えて来て、今日この目でしっかと見た吉野川、この美しい川の流れを、いつの日また再びやってきて見られるだろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
◆辛苦 晩去日鴨 吉野川 清河原乎 雖見不飽君
(元仁 巻九 一七二一)
≪書き下し≫苦しくも暮れゆく日かも吉野川(よしのがは)清き川原(かはら)を見れど飽(あ)かなくに
(訳)残念ながら今日一日はもう暮れて行くのか。吉野川の清らかな川原は、いくら見ても見飽きることはないのに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)くるし【苦し】形容詞:①苦しい。つらい。②〔上に助詞「の」「も」を伴って〕困難である。③心配だ。気がかりだ。④〔下に打消・反語を伴って〕不都合だ。差しさわりがある。⑤不快だ。見苦しい。聞き苦しい。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
◆吉野川 河浪高見 多寸能浦乎 不視歟成嘗 戀布莫國
(元仁 巻九 一七二二)
≪書き下し≫吉野川川波高み滝(たき)の浦を見ずかなりなむ恋(こひ)しけまくに
(訳)吉野川の川波がこんなに高くては、滝の浦を見ないままになってしまうのではなか。あとで悲しくてならないであろうに。(同上)
(注)滝(たき)の浦:宮滝付近の湾曲部。
元仁の三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その445)」で紹介している。
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題詞は、「嶋足歌一首」<島足(しまたり)が歌一首>である。
◆欲見 来之久毛知久 吉野川 音清左 見二友敷
(島足 巻七 一七二四)
≪書き下し≫見まく欲(ほ)り来(こ)しくもしるく吉野川音(おと)のさやけさ見るにともしく
(訳)見たい見たいと思ってやって来たその思いどおりに、吉野川の瀬音の何とすがすがしいことか。見れば見るでますます心がひきつけられてしまって。(同上)
(注)ともし 形容詞:【羨し】①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)
題詞は、「麻呂歌一首」<麻呂が歌一首>である。
◆古之 賢人之 遊兼 吉野川原 雖見不飽鴨
(麻呂 巻七 一七二五)
≪書き下し≫いにしへの賢(さか)しき人の遊びけむ吉野の川原見れど飽かぬかも
(訳)去(い)にし世の賢人たちが来て遊んだという吉野の川原、この川原は、見ても見ても見飽きることがない。(同上)
(注)いにしへの賢(さか)しき人:天武天皇の「淑(よ)き人」(二七歌)を意識している。
吉野、吉野川は、名の持つ響きと大自然の情景と相まって、神々しさを感じさせる。機会をみてもう一度訪れ、じっくり溶け込んでみたいものである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」