万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1100)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(60)―万葉集 巻十六 三八五五

●歌は、「ざう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」である。

 

f:id:tom101010:20210715135630j:plain

奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(60)万葉歌碑<プレート>(高宮王)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(60)にある。

 

●歌をみていこう。                           

 

題詞は、「高宮王詠數首物歌二首」<高宮王(たかみやのおほきみ)、数種の物を詠む歌二首>である。

 

◆           ▼莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為

               (高宮王 巻十六 三八五五)

   ▼は「草かんむりに『皂』である。「▼+莢」で「ざうけふ」と読む。

 

≪書き下し≫ざう莢(けふ)に延(は)ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕(みやつか)へせむ

 

(訳)さいかちの木にいたずらに延いまつわるへくそかずら、そのかずらさながらの、こんなつまらぬ身ながらも、絶えることなくいついつまでも宮仕えしたいもの。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)おほとる 自動詞:乱れ広がる。(学研)

(注)上三句は序。「絶ゆることなく」を起こす。自らを「へくそかずら」に喩えている。

(注)ざう莢(けふ)>さいかち【皂莢】:マメ科の落葉高木。山野や河原に自生。幹や枝に小枝の変形したとげがある。葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉。夏に淡黄緑色の小花を穂状につけ、ややねじれた豆果を結ぶ。栽培され、豆果を石鹸(せっけん)の代用に、若葉を食用に、とげ・さやは漢方薬にする。名は古名の西海子(さいかいし)からという。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『尿葛(クソカズラ)』は、ヤブや草地などに多いつる性の多年草の古名で全体に悪臭があることから現在は『屁尿葛(ヘクソカズラ)』と呼ばれている。花は小さな釣鐘状で白い花びらの真ん中が赤紫色になっている。『早乙女花(サオトメバナ)』という別名もあり、この名は花の名をあわれんだ高貴な女性が名付けたという説と、娘たちが早苗を植える頃に咲くのでこの名が付いた説とがある。(中略)『お灸花(キュウバナ)』・『やいとばな』とも・・・『テングバナ』とも呼ばれていた。(後略)」と書かれている。

 

 

 7月3日、朝方まで雨が降っていたが、予報では午前中は曇り予報に変わっている。西大寺のデパートへの買い物ついでに平城宮跡ぶらり歩きをした。

 インスタグラムの投稿で「第一次大極殿院 南門」の復元整備工事の側面シートが撤去され、鉄骨越しに姿が見られるとあったので、みてみたいと思ったからである。

 折り畳みの傘をバッグに入れ、買い物組と別れて平城宮跡へ。

 

f:id:tom101010:20210705163435j:plain

平城宮跡大極殿

 平城宮跡資料館前から大極殿方面に。右手前方に鉄骨で被われた南門が見えてくる。はやる心をおさえ、これまで青空を背景に、金色に輝く鴟尾や建物を映していたが、雨雲の立ちこめた大極殿をカメラに収める。これはこれでなかなかのものである。

 

 聖武天皇「彷徨の五年」のなかで、恭仁京遷都がなされたが、その京に建てられた大極殿は、ここ平城京から移築されたものである。リユースである。多分木津川の水路を利用したと考られるが、奈良万葉の時代のパワーに改めて感慨深く大極殿を見つめた。

 恭仁京大極殿址についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その182)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 工事現場には意外と近くまで行けるので、鉄骨に囲われているとはいえ、それなりの南門の姿をカメラに収めることができた。

 

f:id:tom101010:20210705164000j:plain

鉄骨に覆われた南門

 ぶらぶら外周を歩いていると雑草に目が行く。いたるところでネジバナが文字通りツイストさせた姿で花を咲かせている。

 朱雀門あたりから資料館へ戻る途中、ヘクソカズラが花を咲かせていた。可憐な花を見ていると、確かに、かわいそうな名前を付けられたものであると思えてくる。

 しかし、庭に生えてあちこち絡んでいる蔓を引っこ抜くと臭いがたまらない。「ヘクソ」である。名にし負わば、である。

 

f:id:tom101010:20210715141612j:plain

クソカズラの花

 

 歌にもどろう。なお高宮王については伝未詳となっているが、三八五六歌の二首が「物名歌」であるので巻十六に収録されている。

ただし、三八二四歌(長忌寸意吉麻呂の「物名歌」)から三八三四歌の歌群から飛んだ形で三八五五、三八五六歌が収録されているので、ここから巻末までは、後で増補された可能性が高いと思われる。

 

 三八五六歌もみてみよう。

 

◆波羅門乃 作有流小田乎 喫烏 瞼腫而 幡幢尓居

               (高宮王 巻十六 三八五六)

 

≪書き下し≫波羅門(ばらもに)の作れる小田(をだ)を食(は)む烏(からす)瞼(まなぶた)腫(は)れて幡桙(はたほこ)に居(を)り

 

(訳)波羅門(ばらもん)様が作っておられる田、手入れの行き届いたその田んぼを食い荒らす烏め、瞼(まぶた)腫(は)らして、幡竿(はたざお)にとまっているわい。(同上)

(注)波羅門:天平八年(736年)、中国から渡来して大安寺に住んだインドの僧。

(注)幡桙:説法など仏事の際に寺の庭に立てる幡(ばん)を支える竿。

(注の注)はた【幡・旗】名詞:①仏・菩薩(ぼさつ)の威徳を示すため、法会(ほうえ)の際に用いる飾り。◇仏教語。②朝廷の儀式や軍陣で、飾りや標識として用いる旗。 ※「ばん」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

 巻十六は、巻頭に「有由縁幷雑歌」とあり、「有由縁、雑歌を幷せたり」と訓読し、「由縁有る歌と雑歌」とする説や、目録では、「有由縁雑歌」となっていることから「由縁有る雑歌」とする説がある。

 いずれにしても、特異な巻である。乱暴な言い方をすれば、超娯楽性に富んだ巻といえる。

 ここが、万葉集という、裾野の広い富士山のような美しい姿を作り上げている所以であろう。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉