万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1114)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(74)―万葉集 巻八 一四六一

●歌は、「昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(74)万葉歌碑<プレート>(紀女郎)


 

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(74)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆晝者咲 夜者戀宿 合歡木花 君耳将見哉 和氣佐倍尓見代

              (紀女郎 巻八 一四六一)

 

≪書き下し≫昼は咲き夜(よる)は恋ひ寝(ね)る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ

 

(訳)昼間は花開き、夜は葉を閉じ人に焦がれてねむるという、ねむの花ですよ。そんな花を主人の私だけが見てよいものか。そなたもご覧。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)きみ【君・公】名詞:①天皇。帝(みかど)。②主君。主人。③お方。▽貴人を敬っていう語。④君。▽人名・官名などの下に付いて、「…の君」の形で、その人に敬意を表す。(学研) ここでは、②の意

(注)わけ【戯奴】代名詞:①私め。▽自称の人称代名詞。卑下の意を表す。②おまえ。▽対称の人称代名詞。目下の者にいう。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 一四六〇、一四六一歌の題詞は、「紀女郎贈大伴宿祢家持歌二首」<紀女郎(きのいらつめ)大伴宿禰家持に贈る歌二首>である。続く一四六二、一四六三歌の題詞は、「大伴家持贈和歌二首」<大伴家持、贈り和(こた)ふる歌二首>である。

 

 一四六〇歌もみてみよう。

 

◆戯奴<變云和氣>之為 吾手母須麻尓 春野尓 抜流茅花曽 御食而肥座

              (紀女郎 巻八 一四六〇)

 

≪書き下し≫戯奴(わけ)<変して「わけ」といふ>がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花(つばな)ぞ食(め)して肥(こ)えませ

 

(訳)そなたのために、私が手も休めずに春の野で抜き採った茅花(つばな)ですよ、これは。食(め)し上がってお太りなさいませよ。(同上)

(注)「変して」:訓じての意

(注)てもすまに【手もすまに】分類連語:手を働かせて。一生懸命になって。(学研)

 

この四首の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その487)」で紹介している。

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紀女郎(きのいらつめ)については、「コトバンク 小学館デジタル大辞泉」に「奈良中期の万葉歌人。名は小鹿(おしか)。安貴王(あきのおおきみ)の妻。大伴家持(おおとものやかもち)との贈答歌で知られる。生没年未詳。」と書かれている。

家持の女性遍歴は有名である。天平十一年(739年)八月頃に坂上大嬢と結婚したのであるが、紀女郎を除いてはほとんど歌の贈答は現れてこない。紀女郎については、上述の一四六〇から一四六三歌の贈答歌をみても、「戯れ」めいたところが強く、安貴王(あきのおおきみ)の子供である市原王(いちはらのおほきみ)と家持は交友関係があった、紀女郎との年令差(十五歳ほど)などを考えあわせると、遍歴というより、歌の通じての友愛関係にあったとみてよいように思える。大伴坂上郎女との相聞歌、越中時代に部下である尾張少咋(をはりのをくひ)の不倫を諭した経緯(四一〇六~四一一〇歌)などを考えても遍歴の相手の範疇には入って来ないように思うのである。

四一〇六~四一一〇歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その123改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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 万葉集には、十二首が収録されている。個性的な歌が多い。すべてをみてみよう。

 

題詞は、「紀郎女怨恨歌三首 鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也」<紀郎女(きのいらつめ)が怨恨歌(えんこんか)三首 鹿人大夫が女(むすめ)、名を小鹿といふ。安貴王(あきのおほきみ)が妻なり>である。

 

安貴王が因幡の八上采女(やかみのうねめ)を娶(めと)り不敬の罪に問われた後、安貴王と離婚した時の歌と思われる。

 

◆世間之 女尓思有者 吾渡 痛背乃河乎 渡金目八

                  (紀女郎 巻四 六四三)

 

≪書き下し≫世の中の女(をみな)にしあらば我(わ)が渡る痛背(あなせ)の川を渡りかねめや

 

(訳)私がもし世の常の女であったなら、渡るにつけて「ああ、あなた」と私が胸を痛める痛背(あなせ)の川、この川を渡りかねてためらうなどということはけっしてありますまい。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)痛背(あなせ)の川:三輪山北麓の穴師川。「あな(感動詞)背」と嘆く意をこめる。

(注)めや 分類連語:…だろうか、いや…ではない ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

◆今者吾羽 和備曽四二結類 氣乃緒尓 念師君乎 縦左久思者

                 (紀女郎 巻四 六四四)

 

≪書き下し≫今は我(わ)はわびぞしにける息(いき)の緒(を)に思ひし君をゆるさく思へば

 

(訳)今となっては私はもう心がうちひしがれるばかり。あれほど命の綱と思いつめて来たあなたなのに、引き留めることができなくなったことを思うと。(同上)

(注)わび【侘び】名詞:わびしく思うこと。気がめいること。気落ち。(学研)

(注)いきのを【息の緒】名詞:①命。②息。呼吸。 ⇒ 参考「を(緒)」は長く続くという意味。多くは「いきのをに」の形で用いられ、「命がけで」「命の綱として」と訳される。

学研)

(注)ゆるす【緩す・許す・赦す】他動詞:①ゆるめる。ゆるくする。ゆるやかにする。②解放する。自由にする。逃がす。③許す。承諾する。承認する。④認める。評価する。▽才能や技量などについていう。(学研)ここでは②の意

 

 

◆白細乃 袖可別 日乎近見 心尓咽飯 哭耳四所泣

                 (紀女郎 巻四 六四五)

 

≪書き下し≫白栲(しろたへ)の袖別(わか)るべき日を近み心にむせひ音(ね)のみし泣かゆ

                 

(訳)交わし合った袖(そで)を引き離して別れなければならない日が近づいたので、悲しみがこみ上げ、ただもう泣けてくるばかりです。(同上)

 

 

題詞は、「紀女郎贈大伴宿祢家持歌二首  女郎名曰小鹿也」<紀女郎(きのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌二首  女郎、名を小鹿といふ>である。

 

◆神左夫跡 不欲者不有 八多也八多 如是為而後二 佐夫之家牟可聞

                  (紀女郎 巻四 七六二)

 

≪書き下し≫神(かむ)さぶといなにはあらずはたやはたかくして後(のち)に寂(さぶ)しけむかも

 

(訳)もう老いぼれだから恋どころではないと拒(こば)むわけではないのです。そうはいうものの、こうしてお断りしたあとでさびしい気持ちになるのかもしれません。(同上)

(注)はたやはた【将や将】分類連語:ひょっとして。もしや万一。 ※副詞「はたや」に副詞「はた」を続け、さらに強調する語。(学研)

 

 

◆玉緒乎 沫緒二搓而 結有者 在手後二毛 不相在目八方

                   (紀女郎 巻四 七六三)

 

≪書き下し≫玉の緒(を)を沫緒(あわを)に搓(よ)りて結(むす)べらばありて後にも逢はざらめやも

 

(訳)互いの玉の緒の命を、沫緒(あわお)のようにやわらかく搓(よ)り合わせて結んでおいたならば、生き長らえて、のちにでもお逢いできることがあるかもしれません。(同上)

(注)たまのを【玉の緒】名詞:①美しい宝玉を貫き通すひも。②少し。しばらく。短いことのたとえ。③命。(学研) ここでは③の意

(注)あわを【沫緒】〘名〙: 緒のより方の名。具体的なより方については諸説ある。あわ。 [補注]糸のより方をいうのか、紐の結び方をいうのか、さらにその状態が柔らかいのか強いのか、さまざまに説かれるが、未詳。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 「老いらくの恋」を想定した恋ごっこの歌であろう。

 

 

題詞は、「紀女郎報贈家持歌一首」<紀女郎、家持に報(こた)へ贈る歌一首>である。

 

◆事出之者 誰言尓有鹿 小山田之 苗代水乃 中与杼尓四手

               (紀郎女 巻四 七七六)

 

≪書き下し≫言出(ことだ)しは誰(た)が言(こと)にあるか小山田(をだやま)の苗代水(なはしろみず)の中淀にして

 

(訳)先に言い寄ったのはどこのどなただったのかしら。山あいの苗代の水が淀んでいるように、途中でとだえたりして。(同上)

(注)よど【淀・澱】名詞:淀(よど)み。川などの流れが滞ること。また、その場所。(学研)

(注)中よど:流れが中途で止まること。妻問いが絶えることの譬え。

 

 「言出(ことだ)しは誰(た)が言(こと)にあるか」と、大上段から切り返しているところは、紀郎女の勝気な性格が出ているするどい歌である。また、郎女の名は、「小鹿」というから、疑問の助詞の「か」に「鹿」をあてたのは、書き手の戯れであろうか。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その945)」で紹介している。

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題詞は「紀女郎▼物贈友歌一首  女郎名曰小鹿也」<紀女郎、裹(つつ)める物を友に贈る歌一首  女郎、名を小鹿といふ>である。

▼は「果」の下に「衣」で「つつめる」

(注)裹(つつ)める物:海藻に包んだ贈り物

 

◆風高 邊者雖吹 為妹 袖左倍所沾而 苅流玉藻焉

                (紀女郎 巻四 七八二)

 

≪書き下し≫風高く辺(へ)には吹けども妹(いも)がため袖さへ濡(ぬ)れて刈れる玉藻(たまも)ぞ

 

(訳)風が空高くわたり岸辺には激しい波が寄せていましたが、その波に袖(そで)まで濡(ぬ)らして、あなたのために刈りとった藻なのですよ、これは。(同上)

(注)刈れる玉藻(たまも)ぞ:包んだ藻だけを言い、中味を伏せているのは、機智。

 

 

題詞は、「紀女郎歌一首  名曰小鹿也」<紀女郎が歌一首 名は、小鹿といふ>である。

 

◆闇夜有者 宇倍毛不来座 梅花 開月夜尓 伊而麻左自常屋

                 (紀女郎 巻八 一四五二)

 

≪書き下し≫闇(やみ)ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜(つくよ)に出(い)でまさじとや

 

(訳)闇夜ならばおいでにならないのもごもっともなことです。が、梅の花が咲いているこんな月夜の晩にも、お出ましにならないというのですか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)うべも【宜も】分類連語:まことにもっともなことに。ほんとうに。なるほど。道理で。 ⇒ なりたち 副詞「うべ」+係助詞「も」(学研)

(注)とや 分類連語:①〔文中の場合〕…と…か。…というのか。▽「と」で受ける内容について疑問の意を表す。②〔文末の場合〕(ア)…とかいうことだ。▽伝聞あるいは不確実な内容であることを表す。(イ)…というのだな。…というのか。▽相手に問い返したり確認したりする意を表す。◇近世の用法。

⇒参考 ②(ア)は説話などの末尾に用いられる。「とや言ふ」の「言ふ」が省略された形。

なりたち格助詞「と」+係助詞「や」(学研)

 

 

題詞は、「紀少鹿女郎梅歌一首」<紀小鹿女郎(きのをしかのいらつめ)が梅の歌一首>である。

 

◆十二月尓者 沫雪零跡 不知可毛 梅花開 含不有而

                  (紀女郎 巻八 一六四八)

 

≪書き下し≫十二月(しはす)には沫雪(あわゆき)降ると知らねかも梅の花咲くふふめらずして

 

(訳)十二月には泡雪が降ると知らないからであろうか、梅の花がちらほら咲き始めた。蕾(つぼみ)のままでいないで。(同上)

(注)知らねかも:「知らねばかも」の意。

(注)ふふむ【含む】自動詞:花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。つぼみのままである。(学研)

 

 

題詞は、「紀少鹿女郎歌一首」<紀小鹿女郎(きのをしかのいらつめ)が梅の歌一首>である。

 

◆久方乃 月夜乎清美 梅花 心開而 吾念有公

                (紀女郎 巻八 一六六一)

 

≪書き下し≫ひさかたの月夜(つくよ)を清み梅の花心開(ひら)けて我(あ)が思へる君

 

(訳)月夜が清らかなので、梅の初花が開くように心もほんのり開けて、もうお見えと、私がお慕いしているあなたです。(同上)

(注)ひさかたの【久方の】分類枕詞:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)(注)上三句は序。「心開く」を起こす。

 

 紀女郎の題詞には、ほとんど「名は、小鹿といふ」、「紀小鹿女郎」など名が明記されている。

 歌から見ても、知的で情熱家であり、それでいて繊細な気配りもできる女性だったようである。大伴坂上郎女の性格にも似通った点が多いように思われるのである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉