万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1115、1116)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(75、76)―万葉集 巻十六 三八五五、三八二九

―その1115―

●歌は、「ざう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(75)万葉歌碑<プレート>(高宮王)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(75)にある。

 

●歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」と同じである。

歌碑(プレート)に「ざう莢」について、「かはらふじ」「ジャケツイバラ(マメ科)」と説明されているが、植物解説板はない。

 

歌をみていこう。

 

◆           ▼莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為

               (高宮王 巻十六 三八五五)

   ▼は「草かんむりに『皂』である。「▼+莢」で「ざうけふ」と読む。

 

≪書き下し≫ざう莢(けふ)に延(は)ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕(みやつか)へせむ

 

(訳)さいかちの木にいたずらに延いまつわるへくそかずら、そのかずらさながらの、こんなつまらぬ身ながらも、絶えることなくいついつまでも宮仕えしたいもの。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)おほとる 自動詞:乱れ広がる。(学研)

(注)上三句は序。「絶ゆることなく」を起こす。自らを「へくそかずら」に喩えている。

(注)ざう莢(けふ)>さいかち【皂莢】:マメ科の落葉高木。山野や河原に自生。幹や枝に小枝の変形したとげがある。葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉。夏に淡黄緑色の小花を穂状につけ、ややねじれた豆果を結ぶ。栽培され、豆果を石鹸(せっけん)の代用に、若葉を食用に、とげ・さやは漢方薬にする。名は古名の西海子(さいかいし)からという。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」で紹介している。植物は、「屎葛(くそかづら)」の方であった。

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さいかち 「御所市観光ガイド」(御所市観光協会HPより引用させていただきました)

                          

 

 

―その1116―

●歌は、「醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ我にな見えそ水葱の羹は」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(76)万葉歌碑<プレート>(長忌寸意吉麻呂)


 

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(76)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水葱乃▼物

                (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二九)

 

 ※▼は、「者」の下が「灬」でなく「火」である。「▼+物」で「あつもの」

 

≪書き下し≫醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふ我(われ)にな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)は

 

(訳)醤(ひしお)に酢を加え蒜(ひる)をつき混ぜたたれを作って、鯛(たい)がほしいと思っているこの私の目に、見えてくれるなよ。水葱(なぎ)の吸物なんかは。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ひしほす【醤酢】:ひしお1と酢。また、ひしお1に酢を加えて酢味噌のようにしたもの。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注の注)ひしほ【醤】㋐大豆と小麦で作った麹(こうじ)に食塩水をまぜて造る味噌に似た食品。なめ味噌にしたり調味料にしたりする。ひしお味噌。㋑醤油のもろみの、しぼる前のもの。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ひる【蒜・葫】名詞:のびる・にんにくなど、臭気の強い野菜。薬用・食用とする。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かちあふ【搗ち合ふ】[動]:《臼で餅(もち)などをつくときに、杵(きね)がぶつかり合う意から》① 物と物とがぶつかり合う。衝突する。② 同時に起こる。いくつかの物事が一緒になる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)なぎ【水葱】名詞:水草の名。みずあおいの古名。葉を食用とする。(学研)

(注)あつもの【羹】名詞:熱い汁物。吸い物。 ※熱い物の意。(学研)

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「なぎ」となっている。

 

「長忌寸意吉麻呂歌八首」<長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が歌八首>の中の一首で、題詞は、「詠酢醤蒜鯛水葱歌」<酢(す)、醤(ひしほ)、蒜(ひる)、鯛(たひ)、水葱(なぎ)を詠む歌>である。

 この歌を含め、長忌寸意吉麻呂の十四首すべてについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その987)」で紹介している。

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 奈良県HP「はじめての万葉集(vol.26)」では、この歌に関連して、次のように、万葉びとの食文化、食生活まで広くわかりやすく解説がなされている。長いが、そのまま引用させていただきます。

「この一首は、古代の人々の食の好みがあらわれている、とてもめずらしい歌です。この歌に詠まれている『醤』はもろみのようなもので、しょうゆの原型といわれています。その醤に酢を合わせたものが「醤酢」で、当時は高級な調味料でした。そこに混ぜ合わせたという『蒜』は、ニラやニンニクのような香りの強い野草です。現在でいえば、刺身の薬味にネギやニンニクを用いる感覚でしょうか。現在のように流通の発達していない古代では、輸送中に魚が腐らないように、塩漬けや干物にすることが多かったと考えられますが、生で食べることもあったようです。もちろん鯛は当時も大変好まれた魚でしたので、まさに、最高のごちそうというわけです。

 ところが、目の前にあるのは、『水葱の羮』だというのです。『水葱』はミズアオイという水辺の野草で、『羮』はスープのことです。水葱は栽培が推奨された身近な野草であったようで、よく口にする食材だったと思われます。鯛の醤酢和えとは、雲泥の差です。

 この歌の作者・長忌寸意吉麻呂は、宴席において即興で歌を作る名人でした。この歌には『酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌』という題があり、意吉麻呂は数々の品を、みごとに一首の歌にまとめています。おそらく、その日の宴会の話題や食事の中から、お題が出されたのでしょう。水葱の羮は見たくもないというのは、場に居た人々の共感を呼ぶものだったのか、はたまた意吉麻呂の好き嫌いだったのでしょうか。宴席のにぎやかな声が聞こえてくるようです。(本文 万葉文化館 大谷 歩)」 

 

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「なぎ(ミズアオイ)」 「『万葉集』に詠われた古代の味再現『水葱の羮』」 <奈良新聞連載『出会い大和の味』」>(奈良の食文化研究会HP)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「御所市観光ガイド」 (御所市観光協会HP)

★「はじめての万葉集(vol.26)」 (奈良県HP)

★「『万葉集』に詠われた古代の味再現『水葱の羮』」 <奈良新聞連載『出会い大和の味』」>(奈良の食文化研究会HP