万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1121)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(81)―万葉集 巻十四 三五〇一

●歌は、「安波峰ろの峰ろ田に生はるたはみづら引かばぬるぬる我を言な絶え」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(81)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(81)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆安波乎呂能 乎呂田尓於波流 多波美豆良 比可婆奴流奴留 安乎許等奈多延

                    (作者未詳 巻十四 三五〇一)

 

≪書き下し≫安波峰(あはを)ろの峰(を)ろ田(た)に生(お)はるたはみづら引かばぬるぬる我(あ)を言(こと)な絶え

 

(訳)安波の峰の岡田に生えているたわみずら、その蔓草(つるくさ)のように、引き寄せたらすなおに靡き寄って寝て、この私との仲を絶やさないようにしておくれ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「引かばぬるぬる」を起こす。

(注)-ろ 接尾語〔名詞に付いて〕:①強調したり、語調を整えたりする。②親愛の気持ちを添える。 ※上代の東国方言。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)引かばぬるぬる:誘ったらすなおに寄り添って寝て。「寝る」を懸ける。

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『たはみづら』は、田に這うつる草という意味の多年生の水草『蒪菜(ジュンサイ)』・『未草(ヒツジクサ)』・『蔓藻(ツルモ)』・『みくり』など多くの説があるが、『蛭筵(ヒルムシロ)』とする説が最も有力である。泥の中を横に這うようにして繁殖する沈水性の多年生植物で、血を吸ういやな蛭がいるような所に群生することからこの名が付いた。(後略)」と書かれている。

 

ヒルムシロ (熊本大学薬学部 薬草園 植物データベースより引用させていただきました。)」

 

 

 植物名は異なるが、類歌は、三三七八歌である。こちらもみてみよう。

 

◆伊利麻治能 於保屋我波良能 伊波為都良 比可婆奴流ゝゝ 和尓奈多要曽祢

                  (作者未詳 巻十四 三三七八)

 

≪書き下し≫入間道(いりまぢ)の於保屋が原(はら)のいはゐつら引かばぬるぬる我(わ)にな絶(た)えそね 

 

(訳)入間の地の於保屋(おおや)が原(はら)のいわい葛(ずら)のように、引き寄せたならそのまま滑らかに寄り添って寝て、私との仲を絶やさないようにしておくれ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)於保屋(おおや)が原:入間郡越生町大谷あたりか。

(注)上三句は序。「引かばぬるぬる」を起こす。

(注)引かばぬるぬる:誘ったらすなおに寄り添って寝て。「寝る」を懸ける。

 

「いはゐづら」は、現在のスベリヒユのことである。葉や茎には水分を多量に含み、乾燥地に強く、湿地には生えない。茎は、地面をすべるように這い、枝分かれして伸びていく。

(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

(注)すべりひゆ【滑莧】:スベリヒユ科一年草。路傍・畑など日当たりのよい所に生える。茎は赤紫色を帯び、下部は地をはう。葉は肉質で長円形、つやがある。夏、黄色の小花を開く。うまびゆ。《季 夏》(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

スベリヒユ (weblio辞書 デジタル大辞泉から引用させていただきました。)」

万葉集には、もう一首「いはゐづら」が詠われている。こちらもみてみよう。

 

◆可美都氣努 可保夜我奴麻能 伊波為都良 比可波奴礼都追 安乎奈多要曽祢

               (作者未詳 巻十四 三四一六)

 

≪書き下し≫上つ毛野可保夜(かほや)が沼(ぬま)のいはゐつら引かばぬれつつ我(あ)をな絶えそね

 

(訳)上野の可保夜(かおや)が沼のいわい葛(づら)、そのいわい葛のように、引き寄せたならすなおに寄り添うて寝て、俺との仲を絶やさないでおくれ。(同上)

(注)上三句は序。「引かばぬる」を起こす。

 

地名を異にした「いはゐづら」の類歌である。

 

水生植物の「たはみづら」「引かばぬるぬる」(三五〇一歌)、そして湿地を嫌う「いはゐづら」「引かばぬるぬる」(三三七八歌)、「引かばぬれつつ」(三四一六歌)といずれも植物の特徴を捉え、恋心の比喩的表現に巧みに使っている。そして「ぬる」に「寝る」を懸けている遊び心には驚かされる。

 

三三七八歌ならびに三四一六歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その669)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 三首とも東歌である。いずれも「相聞」の部立に収録されている。 

 三五〇一歌は「未勘国歌」に分類され、「勘国歌」として三三七八歌は「武蔵の国の歌」、三四一六歌は「上野(かみつけの)の国の歌」として収録されている。

 「勘国歌」「未勘国歌」とは、万葉集の編纂者において国名が判明していた歌と、いなかった歌という意味である。

 

 「スベリヒユ」を検索していて驚いたのは、料理に関する記事が多かったことである。レシピはもちろん栄養分析まで掲載されている。

 機会があれば、料理してみたいものである。

 万葉びとも食べていたのだろうか。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集東歌論」 加藤静雄 著 (桜楓社)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース」