万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1153)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(113)―万葉集 巻十 二二〇八

●歌は、「雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の岡の葛葉は色づきにけり」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(113)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)



●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(113)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆鴈鳴之 寒鳴従 水茎之 岡乃葛葉者 色付尓来

                  (作者未詳 巻十 二二〇八)

 

≪書き下し≫雁(かり)がねの寒く鳴きしゆ水茎(みずくき)の岡の葛葉(くずは)は色づきにけり

 

(訳)雁が寒々と鳴いてからというもの、岡に茂る葛の葉はすっかり色づいてきた。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆ:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考 上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)みづくきの【水茎の】分類枕詞:①同音の繰り返しから「水城(みづき)」にかかる。②「岡(をか)」にかかる。かかる理由は未詳。 ⇒参考 中古以後、「みづくき」を筆の意にとり、「水茎の跡」で筆跡の意としたところから、「跡」「流れ」「行方も知らず」などにかかる枕詞(まくらことば)のようにも用いられた。(学研)

 

「葛」が詠われている歌を大まかに分けると、①枕詞(10首)、②真葛原(3首)、③葛引く(2首)、④葛葉(4首)、⑤秋の七種(1首)となると、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介した。

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「葛葉」を詠んだ他の三首、二二九五、三〇六八、三四一二歌をみてみよう。

 

◆我屋戸之 田葛葉日殊 色付奴 不来座君者 何情曽毛

                  (作者未詳 巻十 二二九五)

 

≪書き下し≫我(わ)がやどの葛葉(くずは)日に異(け)に色(いろ)づきぬ来(き)まさぬ君は何心(なにごころ)ぞも

 

(訳)我が家の庭先の葛の葉は日ましに色づいてきた。なのに、こんなになるまでおいでならないあなたは、いったいどんなお気持ちなのですか。(同上)

(注)ひにけに【日に異に】分類連語:日増しに。日が変わるたびに。(学研)

(注)ぞも 分類連語:〔疑問表現を伴って〕…であるのかな。▽詠嘆を込めて疑問の気持ちを強調する意を表す。 ※上代は「そも」とも。 ⇒なりたち 係助詞「ぞ」+終助詞「も」(学研)

 

 

◆水茎之 岡乃田葛葉緒 吹變 面知兒等之 不見比鴨

                  (作者未詳 巻十二 三〇六八)

 

≪書き下し≫水茎(みづくき)の岡の葛葉(くずは)を吹きかへし面(おも)知る子らが見えぬころかも

 

(訳)岡の葛(くず)の葉を吹き返して裏葉の白さが目につくように、はっきりと顔を見知っているあの子がいっこうに姿を見せない今日このごろだ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「面知る」を起こす。

(注)みづくきの【水茎の】分類枕詞:①同音の繰り返しから「水城(みづき)」にかかる。②「岡(をか)」にかかる。かかる理由は未詳。 ⇒ 参考 中古以後、「みづくき」を筆の意にとり、「水茎の跡」で筆跡の意としたところから、「跡」「流れ」「行方も知らず」などにかかる枕詞(まくらことば)のようにも用いられた。

 

 

◆賀美都家野 久路保乃祢呂乃 久受葉我多 可奈師家兒良尓 伊夜射可里久母

                   (作者未詳 巻十四 三四一二)

 

≪書き下し≫上つ毛野久路保(くろほ)の嶺(ね)ろの葛葉(くずは)がた愛(かな)しけ子(こ)らにいや離(ざか)り来(く)も

 

(訳)上野の久路保(くろほ)の嶺(ね)のどこまでも延びる葛(くず)の葉ではないが、かわいくてならぬあの子からいよいよ遠ざかってしまうばかりだ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)久路保の嶺:赤城山

(注)上三句は序。下二句の譬喩。

 

 

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『葛(クズ)』は『つる』が10メートル以上にも長く伸び、山野ばかりでなく人家の周りにも生えるつる性の多年草で、街路樹や電柱にも絡みつく『秋の七種』のいとつである。名の由来は昔『大和の国栖(クズ)【奈良県】』の人がでんぷんを売りに来たので『葛(クズ)』と言うようになったと言う説がある。(中略)大和の特産『吉野葛(ヨシノクズ)』は、この根から採るデンプンで作られる。漢方では、(中略)発汗・解熱剤として最も重要な薬物の一つとされる。現在も風邪薬の『葛根湯(カッコントウ)』の名で市販されている。」とある。

 

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「くず」 「草花図鑑」(野田市HP)より引用させていただきました。

 

 二二〇八の歌碑は、滋賀県近江八幡市牧町の湖周道路沿いにある。近くには「水茎の岡」がある。この歌碑を撮影すべく令和二年二月十日にこの地を訪れている。しかし、残念ながら見つけることができなかった。

 この件は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その421)」で書いている。

 機会を見て、リベンジしたいものである。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「草花図鑑」 (野田市HP)