万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1168)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(128)―万葉集 巻十一 二七八六

●歌は、「山吹のにほえる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(128)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(128)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管

                 (作者未詳 巻十一 二七八六)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)のにほへる妹(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿夢(いめ)に見えつつ

 

(訳)咲きにおう山吹の花のようにあでやかな子の、はねず色の赤裳を着けた姿、その姿が夢に見え見えして・・・。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

 万葉集には「はねず」あるいは「はねず色」として詠まれている歌は四首が収録されている。他の三首をみてみよう。

 

 大伴坂上郎女の歌で「はねず色」を詠み込んでいる。

 

◆不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

                (大伴坂上郎女 巻四 六五七)

 

≪書き下し≫思(おも)はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我(あ)が心かも

 

(訳)あんな人のことだのもう思うまいと口に出していったのに、何とまあ変わりやすい私の心なんだろう。またも恋しくなるとは。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はねずいろの【はねず色の】分類枕詞:はねず(=植物の名)で染めた色がさめやすいところから「移ろひやすし」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌は、題詞「大伴坂上郎女歌六首」の一首である。六首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その312)」で紹介している。

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 次は、家持の歌である。

 

◆夏儲而 開有波祢受 久方乃 雨打零者 将移香

               (大伴家持 巻八 一四八五)

 

≪書き下し≫夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らばうつろひなむか

 

(訳)夏を待ち受けてやっと咲いたはねず、そのはねずの花は、雨でも降ったら色が褪(あ)せてしまうのではなかろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)まく【設く】他動詞:①前もって用意する。準備する。②前もって考えておく。③時期を待ち受ける。(その季節や時が)至る。 ※上代語。中古以後は「まうく」。ここでは、③の意(学研)

(注)ひさかたの【久方の】分類枕詞:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞:①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)ここでは②の意

 

 植物としての「はねず」を詠み、花の色が褪せやすいことを踏まえている。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(493)」で紹介している。

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 四首目は、作者未詳であるが、「はねず色」の色褪せやすいという時間軸に自分の思いをのせている。

 

◆唐棣花色之 移安 情有者 年乎曽寸経 事者不絶而

                (作者未詳 巻十二 三〇七四)

 

≪書き下し≫はねず色のうつろひやすき心あれば年をぞ来(き)経(ふ)る言(こと)は絶えずて

 

(訳)変わりやすいはねずの花の色のような移り気な心をお持ちなので、お逢いできないまま年月を過ごしてきましたが。言伝てだけは絶やさずに。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 はねずの花、それで染めた色の褪めやすいことを巧みに歌に詠い込んでいる。万葉びとの植物観察力には頭が下がる。

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『はねず』には『庭梅(ニワウメ)』・『庭桜(ニワザクラ)』・『木蓮モクレン)』・『芙蓉(フヨウ)』・『石榴(ザクロ)』説が通説となっている。

 『庭梅(ニワウメ)』は古くに日本へ渡来した中国原産の1~2mになる落葉低木である。庭園に植えられ、花が梅に似ているので別名『小梅』とも呼ばれる。(中略)『庭梅(ニワウメ)』の変種に『庭桜(ニワザクラ)』があり、花が『庭梅(ニワウメ)』は一重に対し、『庭桜(ニワザクラ)』は八重咲である。

 

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「ニワウメ」 「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。

 ふつうは、「紅の赤裳」と使われているが、二七八六歌では「はねず色の赤裳」となっている。「はねず色」はなじみが少ない。植物の「はねず」を調べてみてもイメージがピンとこない。「はねず色」で検索し漸くイメージが掴めてきた。いろいろと検索していくと「はねず踊り」に行き着いた。

 

京都府HP 文化政策室の文化財施策コンテンツ「はねず踊り保存会 (京都市山科区

風流笠の新調」の内容と写真を引用させていただきました。

 

 内容は次の通りである。

随心院は、小野小町が晩年を過ごしたところとされている。深草少将が、小野小町を慕って『百夜通い』をしたことで有名である。はねずとは薄紅色の梅の色のことであり、はねず踊りは小野小町の伝説を主題に、はねず色の小袖の少女たちが紅梅を花笠にして舞い、3月の第4日曜とその前日の土曜日に行われる。

 風流笠が長年の使用により損傷が著しく、使用に耐えなくなったため、笠の新調に対して助成を行った。(平成17年度)」

(注)「深草少将の百夜通い:小野小町は絶世の美女である。深草少将は、漸く、百夜通っていただければお逢いしましょうと小野小町から約束をもらい、風の日も雨の日も通い続けるも百夜目にして大雪の日、これまでの無理がたたり亡くなってしまうという悲劇である。

 

 「はねず踊り」の写真は次の通りである。「はねず色の赤裳」のイメージも掴めるので引用させていただきました。

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 「はねず踊り」

 

 「はねず踊り」は、コロナの影響で今年も中止されたようである。

 一日も早くコロナが収束して欲しいものである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「京都府HP」