万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1181)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(141)―万葉集 巻十 一九七四

●歌は、「春日野の藤は散りにて何をかもみ狩の人の折りてかざらむ」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(141)万葉歌碑<プレーと>(作者未詳)



●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(141)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而将挿頭

               (作者未詳 巻十 一九七四)

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)の藤(ふぢ)は散りにて何(なに)をかもみ狩(かり)の人の折りてかざさむ

 

(訳)春日野の藤はとっくに散ってしまったことなのに、これからは何をまあ、み狩の人びとは、折ろ取って髪に挿すのであろうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)にて 分類連語:…てしまって(いて)。 ⇒なりたち 完了の助動詞「ぬ」の連用形+接続助詞「て」(学研)

(注)み狩;五月五日の薬狩。この狩を春日野における成年式とみる説も。藤の花は成年式の挿頭には必須のものであった。

 

 万葉集には、「藤」を詠んだ歌は二十六首収録されている。

藤の花房の風に揺れるさまを波に見立てて「藤波」いう語が十八首で使われているがなかなかに美しい響きの言葉である。

 「ときじきふじ」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1161)」で紹介している。

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 一九七四歌ならびに「み狩」を詠んだ歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1064)」で紹介している。

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 春日野や高円山では「み狩」が行われていたようである。

 

高円山の「み狩」において「むささび」を捕まえたことに関する大伴坂上郎女の歌がある。おもしろいのでみてみよう。

 

題詞は、「十一年己卯 天皇遊獦高圓野之時小獣泄走都里之中 於是適値勇士生而見獲即以此獣獻上御在所副歌一首<獣名俗曰牟射佐妣>」<十一年己卯(つちのとう)に、天皇(すめらみこと)、高円(たかまと)の野に遊猟(みかり)したまふ時に、小さき獣(けもの)都里(みやこ)の中に泄走(せつそう)す。ここにたまさかに勇士に逢ひ、生きながらにして獲(と)らえぬ。すなはち、この獣をもちて御在所(いましところ)に献上(たてまつ)るに副(そ)ふる歌一首<獣の名は、俗には「むざさび」といふ>

(注)高円の野:奈良市東南部の丘陵地帯。春日山の南。聖武天皇離宮があった。

(注)泄走:囲みから逃走する意。「泄」は去る。

(注)むざさび:むささび

 

◆大夫之 高圓山尓 迫有者 里尓下来流 牟射佐毗曽此

              (大伴坂上郎女 巻六 一〇二八)

 

≪書き下し≫ますらをの高円山(たかまとやま)に迫(せ)めたれば里に下(お)り来(け)るむざさびぞこれ

 

(訳)お手許(てもと)のますらお方(かた)が高円山で追いつめましたので、この里に下りて来たむささびでございます、これは。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

左注は、「右一首大坂上郎女作之也 但未逕奏而小獣死斃 因此獻歌停之」<右の一首は、大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)作る。 ただし、いまだ奏(そう)を経(へ)ずして小さき獣死斃(し)ぬ。 これによりて歌を献(たてまつ)ること停(や)む。>である。

 

 むささび一匹を捕まえたので、天皇にお見せしようとしたが、肝心のむささびが死んでしまい、お見せできずまた歌を添える心づもりをしていたがこれもかなわずという、なんともほほえましいことが起こったのである。

 

 このような顛末も万葉集には収録されているのである。

 

 「むささび」を詠んだ歌は万葉集には三首が収録されている。この歌ならびに他の二首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1039)」で紹介している。

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 奈良公園には、今もむささびは生息しているようである。

 

奈良公園でいちばん太いクロマツは、興福寺国宝館近くのクロマツだそうである。

環境省HP「古都の文化財を楽しみながら 巨樹めぐり」には、次のように書かれている。

奈良公園内には、黒っぽくて亀の甲羅のように六角形に割れた樹皮が特徴のクロマツがたくさんありますが、いちばん太いのがこの木。江戸時代後期の奈良名所東山一覧之図(1850年頃)には、興福寺東大寺大仏殿の一帯にクロマツが多く描かれており、当時の人々にも親しまれていたことがうかがえます。木の下には、ムササビが食べた後の、まるでエビフライのような姿になったマツボックリがたくさん落ちています。運が良ければムササビの可愛い顔が見られるかもしれません。」

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「むささび」に食べられエビフライのようになった松ぼっくり」 「奈良倶楽部通信 PART:Ⅱ」より引用させていただきました。



 

機会を見て、奈良公園に出かけ、むささびの滑空は一度は見てみたいものである。いな、エビフライのような松ぼっくりをまず探しに行きたいものである。

 

 大きく話がむささびの滑空のように飛んでしまったが、春日大社神苑萬葉植物園を訪れたのは、4月27日であったので、満開の藤を堪能したことは言うまでもない。

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春日大社神苑萬葉植物園の満開の藤 20210427撮影



 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「奈良倶楽部通信 PART:Ⅱ」

★「古都の文化財を楽しみながら 巨樹めぐり」 (環境省HP)