万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1200)―和歌山市加太 田倉崎燈台下―万葉集 巻十一 二七九五

●歌は、「紀伊の国の飽等の浜の忘れ貝我れは忘れじ年は経ぬとも」である。

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和歌山市加太 田倉崎燈台下万葉歌碑(作者未詳)




●歌碑は、和歌山市加太 田倉崎燈台下にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆木國之 飽等濱之 忘貝 我者不忘 年者経管

                (作者未詳 巻十一 二七九五)

 

≪書き下し≫紀伊の国(きのくに)の飽等の浜の忘れ貝我れは忘れじ年は経ぬとも

 

(訳)紀伊の国(きのくに)の飽等(あくら)の浜の忘れ貝、その貝の名のように、私はあなたを忘れたりはすまい。年は過ぎ去って行っても。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「忘れ」を起こす。

(注)飽等の浜:所在未詳

(注)わすれがひ【忘れ貝】名詞:手に持つと、恋の苦しさを忘れさせる力があるという貝。和歌では「忘る」の序詞(じよことば)を構成することが多い。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

二七九五から二七九九歌は、貝に寄せる恋の歌である。他の三首もみてみよう。

 

◆水泳 玉尓接有 礒貝之 獨戀耳 年者經管

                  (作者未詳 巻十一 二七九六)

≪書き下し≫水(みづ)くくる玉に交(ま)じれる磯貝(いそかひ)の片恋(かたこひ)のみに年は経につつ

 

(訳)水中にひそむ玉に交っている磯貝のように、片思いに明け暮れるばかりで年は過ぎ去ってしまって・・・。(同上)

(注)上三句は序。「片恋」を起こす。

(注)くくる【潜る】自動詞:①物の間のすきまを通り抜ける。水が漏れ流れる。②(水中に)潜(もぐ)る。 ※後に「くぐる」。(学研)

(注)いそがひ【磯貝】:① 磯辺に打ち上げられた貝殻。特に、二枚貝が一片となって磯辺にあるもの。② アワビの別名。③ スズメガイの別名。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

◆住吉之 濱尓縁云 打背貝 實無言以 余将戀八方

                    (作者未詳 巻十一 二七九七)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の浜に寄るといふうつせ貝(がひ)実(み)なき言(こと)もち我(あ)れ恋ひめやも

 

(訳)住吉の浜に寄ってくるといううつせ貝、その貝のように、実のないうつろな気持ちで私は恋い慕っているのではありません。(同上)

(注)上三句は序。「実なき」を起こす。

(注)うつせがひ【空貝/虚貝】:① 海岸に打ち寄せられた、からになった貝。貝殻。和歌では「実なし」「むなし」「あはず」や同音の反復で「うつし心」などを導く序詞に用いられる。②ツメタガイ・ウズラガイの別名。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

◆伊勢乃白水郎之 朝魚夕菜尓 潜云 鰒貝之 獨念荷指天

                  (作者未詳 巻十一 二七九八)

 

≪書き下し≫伊勢の海女(あま)の朝な夕なに潜(かづ)くといふ鰒(あはび)の貝の片思(かたもひ)にして

 

(訳)伊勢の海女が朝夕の食べ物のためにいつも潜って採るという、その鰒(あわび)の貝と同じくいつも片思いのままで・・・。(同上)

(注)上四句は序。「片思」をおこす。

 

 

 

 「忘れ貝」が詠われた歌は五首、また「恋忘れ貝」も五首収録されている。これらについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その740)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「忘れ貝」同様「忘れ草」もあるが、これについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その334)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「忘れ貝」を詠った他の四首をみてみよう。

 

◆大伴乃 美津能濱尓有 忘貝 家尓有妹乎 忘而念哉

               (身人部王 巻一 六八)

 

≪書き下し≫大伴の御津の浜にある忘れ貝(がひ)家なる妹(いも)を忘れて思へや

 

(訳)大伴の御津の浜にある忘れ貝、その忘れ貝の名のように、家に待つあの人のことを何で忘れたりしようか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)おほともの【大伴の】分類枕詞:「大伴の御津(みつ)(=難波津(なにわづ))」の地名から、同音の「見つ」にかかる。(学研)

(注)忘れて思ふ:忘れることを思い方の一つと見なした表現。

(注)身人部王:むとべのおほきみ。奈良朝風流侍従の一人。

 

 

◆海處女 潜取云 忘貝 代二毛不忘 妹之容儀者

               (作者未詳 巻十二 三〇八四)

 

≪書き下し≫海人(あま)娘子(をとめ)潜(かづ)き採(と)るといふ忘れ貝世にも忘れじ妹(いも)が姿は

 

(訳)海人の娘子が海にもぐって採るという忘れ貝、その忘れというではないが、決して忘れはすまい。かわいいあの子の姿は。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「忘る」を起こす。

 

 

◆安伎左良婆 和我布祢波弖牟 和須礼我比 与世伎弖於家礼 於伎都之良奈美

               (作者未詳 巻十五 三六二九)

 

≪書き下し≫秋さらば我(わ)が船泊(は)てむ忘れ貝(がひ)寄せ来て置けれ沖つ白波

 

(訳)秋になったら、われらの船はまたここに停(と)まろう。忘れ貝、憂さを忘れさせるその貝を寄せて来て置いておくれ。沖の白波よ。(同上)

 

 

◆若乃浦尓 袖左倍沾而 忘貝 拾杼妹者 不所忘尓 <或本歌末句云 忘可祢都母>

                (作者未詳 巻十二 三一七五)

 

≪書き下し≫若の浦(わかのうら)に袖(そで)さへ濡れて忘れ貝拾(ひり)へど妹は忘らえなくに <或本の歌の末句には「忘れかねつも」という>

 

(訳)若の浦で袖まで濡らして、忘れ貝、そいつを拾うのだが、拾っても拾ってもあの子のことはいっこうに忘れられない。<忘れようにも忘れられない>(同上)

 

 植物同様、貝の特徴をとらえて歌にする観察力や応用力に驚かされる。

 

 

番所庭園➡加太 田倉崎燈台

 

 番所庭園を後にしてほぼほぼ海岸線を約40分のドライブである。

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田倉崎燈台下付近のマップ


 雛流しで有名な淡嶋神社の横を通過して海際を走る。海岸沿いの道が行き止まりになる辺りに駐車スペースがあり3台車が止められている。友ヶ島の方に目をやると5,6人のサーファーが波と戯れている。

 燈台への石段の脇に歌碑が建てられている。歌碑の周りの雑草はきれいに刈られていた。地元の方が手入れしてくださっているのだろう。ありがたいことである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「グーグルマップ」