万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1240、1241)―加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(38、39)―万葉集 巻十六 三八三五、巻十六 三八五五

―その1240―

●歌は、「勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし」である。

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加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(38)万葉陶板歌碑(婦人)

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(38)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「獻新田部親王歌一首 未詳」<新田部親王(にひたべのみこ)に献(たてまつ)る歌一首 未詳>である。

(注)未詳:この歌の作者の氏名が未詳の意

 

◆勝間田之 池者我知 蓮無 然言君之 鬚無如之

        (婦人 巻十六 三八三五)

 

≪書き下し≫勝間田(かつまた)の池は我(わ)れ知る蓮(はちす)なししか言ふ君が鬚(ひげ)なきごとし

 

(訳)勝間田の池のことは、私、よくよく存じています。蓮などございません。それはちょうど、蓮(れん)―怜(れん)とおっしゃる我が君にお鬚(ひげ)がないのと同じです。(同上)

(注)蓮:美女を匂わす

(注)しか言う:左注の親王の言葉をさす。

(注)「鬚なきごとし」は「蓮なし」に応じて言ったもので、鬚は生えていたものと思われる。

 

左注は、「右或有人聞之曰 新田部親王出遊于堵裏御見勝間田之池感緒御心之中 還自彼池不任怜愛 於時語婦人曰 今日遊行見勝間田池 水影涛ゝ蓮花灼ゝ ▼怜断腸不可得言 尓乃婦人作此戯歌專輙吟詠也」<右は、ある人聞きて曰く、「新田部親王、堵(みやこ)の裏(うら)に出遊(いでま)す。勝間田の池を見る。御見(みそこなは)して、御心の中に感緒(め)づ。その池より還(かへ)りて、怜愛(れんあい)に忍びず。時に、婦人(ふじん)に語りて曰(い)はく、『今日(けふ)遊行(あそ)びて、勝間田の池を見る。水影濤々(たうたう)にして、蓮花灼々(しやくしやく)にあり。▼怜(おもしろ)きこと腸(はらわた)を断ち、得て言ふべくあらず』といふ。すなはち、婦人、この戯歌(きか)を作り、もはら吟詠す」といふ>である。

 

  ▼は、「忄+可」⇒「『忄+可』+怜」で「おもしろ」き

 

(注)怜愛(れんあい)に忍びず:いじらしく愛らしく思う気持ちに堪えられなかった

(注)婦人:ここでは親王の愛人か

(注)婦人はこの「蓮」に可憐な女への恋情をみて、歌をなした。

(注)とうとう【滔滔・濤濤】〔形動〕:① 水がさかんに流れるさま。多量の水を悠然とたたえているさま。淘淘。② 弁舌のよどみのないさま。次々とよどみなく話すさま。蕩蕩。③ おしなべて一様であるさま。また、世の風潮などが一つの方向に勢いよく移るさま。④ 広大なさま。無辺であるさま。かぎりなくひろがるさま。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典)ここでは①の意。

(注)しゃくしゃく【灼灼/爍爍】形動:明るく照り輝くさま。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その973)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 この婦人のような女性の嗅覚的な勘所の良さというのは、万葉の時代も今も変わらないものである・・・。

 

 歌に詠まれている、勝間田池(かつまたのいけ)については、奈良市西ノ京町の、薬師寺の北にあった池とも、また、薬師寺南西の七条大池のことともいわれる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 奈良県HPには、奈良県景観資産―薬師寺若草山が眺望できる大池湖畔―として、「奈良市の大池 から池越しに、薬師寺若草山春日山 を一望する風景は、奈良を代表する風景の一つです。この眺めは万葉集にも詠われました。

『勝間田の池はわれ知る 蓮無し 然言う君が 鬚無き如し』

若草山の山焼きの写真の撮影スポットの1つでもあります。『薬師寺のうしろで若草山が輝く」定番の写真は、多くがこの場所から撮影されています。』と解説されている。

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「大池」越しの薬師寺若草山春日山の遠望 (奈良県HPより引用させていただきました。)



 

 

―その1241―

●歌は、「ざう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」である。

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加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(39)万葉陶板歌碑(高宮王)

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(39)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「高宮王詠數首物歌二首」<高宮王(たかみやのおほきみ)、数種の物を詠む歌二首>である。

 

◆           ▼莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為

       (高宮王 巻十六 三八五五)

   ▼は「草かんむりに『皂』である。「▼+莢」で「ざうけふ」と読む。

 

≪書き下し≫ざう莢(けふ)に延(は)ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕(みやつか)へせむ

 

(訳)さいかちの木にいたずらに延いまつわるへくそかずら、そのかずらさながらの、こんなつまらぬ身ながらも、絶えることなくいついつまでも宮仕えしたいもの。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)おほとる 自動詞:乱れ広がる。(学研)

(注)上三句は序。「絶ゆることなく」を起こす。自らを「へくそかずら」に喩えている。

(注)ざう莢(けふ)>さいかち【皂莢】:マメ科の落葉高木。山野や河原に自生。幹や枝に小枝の変形したとげがある。葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉。夏に淡黄緑色の小花を穂状につけ、ややねじれた豆果を結ぶ。栽培され、豆果を石鹸(せっけん)の代用に、若葉を食用に、とげ・さやは漢方薬にする。名は古名の西海子(さいかいし)からという。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)へくそかづら〕【屁糞葛】:アカネ科の蔓性(つるせい)の多年草。草やぶに生え、全体に悪臭がある。葉は卵形で先がとがり、対生。夏、筒状で先が5裂した花をつけ、灰白色で内側が赤紫色をしている。実は丸く、黄褐色。やいとばな。さおとめばな。くそかずら。(weblio辞書 デジタル大辞泉

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くそかづら(ヘクソカズラ) weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました。

 この歌ならびにもう一首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 ヘクソカズラは我が庭にも生えている。雑草であるが、けなげな花を見ていると、万葉の時代から変わりない姿を伝えているのではとなんだか愛おしく思えてくる。しかし、葉や蔓に触れるとその匂いで一気に幻滅してしまうのである。

 

 このような雑草の類も物名歌とはいえ詠み込んでいる観察力には驚かされるのである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「奈良県HP」

 

※20230209加古郡稲美町に訂正